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この戦争は、どう始まったか -ファントム(3)

(4,947 文字)

デメンティエフカ

ハルキウ地方北部のデメンティエフカ村の陣地は、放棄するわけにはいかなかった
近くに戦略的要衝があるからだ
これを落とすと、ハルキウの安全を保っている地区へ、ロシア軍は砲撃を再開する
ファントムはそのことをよく理解していた

デメンティエフカ村

周囲では絶え間なく爆発音が鳴り響き、30分ごとに街の風景が変わっていった
地図にある家屋が無くなり、木が倒れ、あちこちから無線を通じ、かすれた声で報告が入ってくる
「200番(戦死者)」「300番(負傷者)」「負傷者を乗せた車が銃撃を受けた」「P...arsが開始位置に着いた」「12時に敵DRG(偵察部隊)」...

152mm砲弾と榴散弾を避けるための壁や塹壕はもう無かった
しかし、絶望的と思われたときでもファントムは冷静だった

この指揮官は村の古い小屋の庭に出て、敷居に腰を下ろし、戸袋に寄りかかり体を休めていた
窓ガラスはもう無かったが、屋根はまだ残っていた
天井に砲弾が当たってないのは奇跡的なことだった

少し前、家主たちは慌てて家を出て避難していた
ペットたちは、自由に生きていた
怯えた灰色のガチョウたちは身を寄せ合っていた
「昔々の話なら、この鳥たちも空を飛べたんだろう
今も飛べたらどんなによかっただろう」とファントムは思った
突然、物陰でガサガサと音がした
砲弾に怯えて彷徨うヤギがまだそこにいた
ヤギたちはサバイバルの専門家だ
どこに行けばいいか、天性の直感で知っている
ヤギがここにいるなら、おそらく、ここは安全なのだろう

反対側には絵に描かれるような美しい丘があった
その斜面には、黒く焼けた、破壊された養蜂箱があった
養蜂場ははそれだけしか残っていなかった

「死んだハチは鳴かない」
ふと、そういう歌の歌詞を思い出した
記憶が呼び起こされ、ほんのりと口の中に蜂蜜の甘さを感じた
ここにはたくさんの養蜂箱があったのだ
広大な草原、急峻な梁、葦が生い茂り、カモガヤが密生する湖

侵略前は、地元住民にとっても、夏休みに来る人たちにとっても楽園だった
今、ロシアはそのすべてを奪おうとしている
一体誰がこの美しい地をロシアに譲り渡すというのだろうか!
最後の最後まで戦わなければならない
しかし、嬉しくない報告がもたらされた

「通信傍受で敵部隊が突撃準備を始めているのが分かりました
デメンティエフカでは、私だけがそれを知っていました
パニックにならないように、誰にも言わなかったのです
事前の予想通り、村の左側から攻撃が始まりそうでした
しかし、航空偵察のデータによって、やがて別のことに気がついたのです
ラシストたちは、各陣地に対し、戦力を分散させていました
その状況から、彼らの攻撃計画がはっきりと分かりました
ロシア軍は、先に左側だけから一斉攻撃するつもりでした

このとき、教科書通りの指揮官であれば、他の持ち場の予備兵たちを迎撃ポイントへ集めるように指令します
そうすると、すべての陣地から戦力が流出することになります
例えば、8人いたら、そのうち4人は予備兵ですが、それを使うという事です
そして、弱体化した陣地を四方から同時に攻撃することを敵は計画していたのです
敵には6部隊もいました」

ご想像のとおり、ファントムはまったく違う行動をとった
そして、ロシアに衝撃を与えることになった

「そのとき思ったのは、『そういうプレーをしたいのなら、させてやろうじゃないか』ということでした
この誘いには乗らないぞ、と
左翼には単独で防衛を維持させ、負傷者が出たら後退するよう命令を出しました
どんな犠牲を払っても、彼らだけで戦ってもらわなければいけませんでした

なぜ、そんなことをしたと思いますか?
そうです、まず、私たちは持ち場を離れるわけにいかないのです
第二に、退避する際に、ウクライナ軍の砲撃で被害を受ける可能性のある区域に、部下や負傷者が入らないように確認しなければならなかったのです
部下たちがいない事を確認できれば、砲兵隊に座標を伝え、私の部下たちがいた場所や適切な場所に砲撃してもらえるのです

私の命令がなければ、誰もどこにも逃げません
そして、私が基地内に更に二つの独立機動部隊を有していて、敵との銃撃戦の状況下で、援軍に行ったのはこの二つの部隊であることをロシア軍は知りませんでした
同時に、すべての側面の防衛を緩めず、各陣地は円形の防御を保持していました」

しかし、その日の敵の猛攻はすさまじかった
戦車と迫撃砲、そして榴弾砲の攻撃が同時に行われた

激しい砲火の中、敵は我々の陣地に迫ってきた
最初の損失がでた
死者と負傷者が出たのだ
我が軍の後退が始まった
そんな状況の中で、退避行動が続いていた

「通信機から『300番(負傷者)が12』と聞こえました
12人全員が避難場所『ネストワン(陣地に付けられたコードネーム)』に向かった
そこには、すでに 3人いた
座っている人もいれば、寝ていなければならない人もいる
それぞれ怪我の程度は違った
軽傷の人もいれば、重傷の人もいました
彼らは一か所に集まっていた

これは良くなかった
これに気づいたラシストが、120口径の迫撃砲で彼らを攻撃したのです
負傷者15人のうち、生き残ったのは3人でした
その後、パニックが始まりました
許可なく撤退しようとした動きもあった

しかし、そんな命令はできないと思い直しました
その後ろには90人の戦闘員がいるのです
彼らが退却すれば全員死ぬだけでした
そして、彼らもそれを分かっていました
私は増援の機動部隊を送りました
前線を再構築した後、負傷者たちが退却してきました

結局、30名の300番と7名の200番(死者)を後方に避難させることになりました
これは敵の攻撃を受けている最中のことです
丘陵地帯の低地で、8人の300番が乗っていた車が砲撃され、全員が吹き飛ばされました
しかし、男たちは、命からがら別の車両に乗り込みました
全員車に乗せて連れ帰りました
私の情報では、その時の 8人の300番は一人も死んでいません」

この時の壊れた車の状況について「ボット(コールサイン)」が説明してくれた

敵は我々の防衛線に深く侵入し、ウクライナ軍を左側面から撤退させることに成功した
占領軍は村を完全に包囲した
状況は絶望的に見えた
しかし、ファントムは違った
無線機を使い、本部に短く報告した

「130大隊は撤退しません
村は放棄しません
座標を送るので砲撃を準備してください」

午後の日差しがまぶしく、タブレットの画面に汗の滴が落ちた
重いボディーアーマーが服と一緒に体に張り付いていた
肉体的にも精神的にも負担は大きかった
しかし、夜まではまだ時間があった
今日一日を最後まで生きるためには、まだ挑戦が必要だった

明日は待ちに待った休暇、家で妻と子供たちが待っていたのだ
この困難を切り抜け、敵を村から叩き出す必要があったのだ
ファントムは行動を開始した

指揮官として先陣を切って出撃し、接近戦での優位を確立するのが常だった
しかし、このときは感情を押し殺し、一歩も動かなかった

この地域の地図を表示したタブレットが二台、手元にあった
左の一台は志願兵部隊「クラーケン」の砲兵隊との通信、右側はNGU(ウクライナ国家親衛隊)の砲兵隊本部とつながっていた
ファントムは画面をスワイプして距離を測り、無線を通じ、はっきりと指示を伝えた

クラーケン:アゾフ大隊の退役兵を中心に編成された志願兵部隊

「『村の中、丘陵から100mの位置に砲撃してくれ!』
すると
『本気なのか?そこには人がいるだろう!そこは君たちのいる場所だろう!』
と言われました
『くそったれなことに、もう俺たちはそこにいないんだ』

部下全員に言いました
『近くにいる人は、塹壕の中で伏せてください
頭を出さないで
着弾したら教えてください』
一、二分して、砲弾が降ってくる音がしました
緊張で全身が震えました
『大丈夫か』
と仲間に向かって叫びました
『いやいや、大丈夫、何も問題ない』
と答えが返ってきました」

こうして、NGUの大砲が丘陵を下りてくるオークたちに命中した
文字通り、ロシア軍は吹き飛ばされた

「私は言いました
『もう一度頼む』
ロシア軍がまた来ていたのです
そして、『クラーケン』部隊が122ミリD-30砲の射撃でロシア兵を追撃しました
ドローンのパイロットたちが空からすべてを見ていました
かれらはまるでハルマゲドンだと言ってました
灼熱の地獄
占領者たちの足元で大地が燃えていました」

こうしてファントムは、キーウTRO第130大隊の兵士たちとともに、絶望的と思われた状況の中で勝利を得た
我々の敗北となるはずが、侵略者にとっての「破滅の日」となったのです
敵は大きな損失を出して退却しました

このような、局所的であっても激しい戦闘の数々が、ウクライナ軍の国家防衛の成功という大きな絵画を構成しているのです
そして、TROがその重要な役割を担っていることは明らかです

しかも実際には、戦争が始まった当初、TROの多くの部隊の戦闘員の大半は、特別な軍事技術を持っていなかったのです
彼らは、さまざまな民間の職業に就いていました
一方、敵側では、より経験豊富でよく訓練されたロシア兵、つまり海兵隊や「ワグネル」が戦っていたのです

「私の所属する第130大隊第7中隊は、TROの中でもトップクラスに位置すると自信を持って言えます
一般的に、この八ヵ月間の戦争で、我々の部隊は正しい戦争への理解を持ち、とても多くの経験を積んだと言えるでしょう
今は、塹壕での防御行動だけでなく、突撃の経験も積んでいます
誰でも、どんな任務でもこなせるようになっていると言ってもいいくらいです

特殊作戦部隊(SOF)の戦闘員と同等の働きをしなければなりませんでしたから
以前はウクライナ軍の多くの正規部隊よりも弱かったのですが、今は逆に、先を行く存在になっています
なぜかというと、答えは単純です
我がTROでは、義勇兵のほとんどが成熟した経験豊かな社会人であり、自己実現を達成しているからです
そのうえで、戦闘経験者も多いのです
この経験と勇気の融合により、私たちは戦争を生き抜いているのです
今、私たちの行動は効率的になり、教科書通りではなく、敵を倒すことにつながっています」

このとき、インタビュー開始から3時間が経ち、レコーダーの電池が切れてしまった
しかし、ファントムの顔に疲れは見られなかった
目は輝き、生き生きとした表情で、最近の記憶を思い出そうとしていた
ウクライナ軍の上級中尉には覚えなければならないことがたくさんあるが、それ以上のことが彼を待ち構えている

しかも、このインタビューは、前線で重傷を負い、キーウの病院で手術を受けた後だったのである
しかし、ファントムは全くへこたれていない
すでに怪我から回復し、二度目となる戦線復帰をしているのだ

かつて、他人も自分の国も信じられなくなったオレクシィ・ファンデツキーは、再び信じる強さを見出した
だからこそ、彼は伝説的な「ファントム」となることができたのでしょう
今、この信念と数百人の救われた魂への感謝、そして戦友たちへの尊敬が、この戦士と共にあります

「今、ロシアから新たな動員部隊が到着しました
私たちの仕事は、それらをすべて『葬る』ことです
まだ、やるべきことがあるということです

私は三つの目標を持ちました
一つ目は戦争に勝つこと、二つ目は国民の命をできるだけ救い、そうすることで、『ウクライナの英雄』と呼ばれるにふさわしい人になるというのが三つ目の目標です」

解放された人から抱擁されるファントム

ミロスラフ・オトコビッチ著
「Great Battles」は、ウクライナ領土防衛軍と「Ukrainska Pravda」の共同プロジェクトです
ロシアによるウクライナ侵略戦争の記憶を保存することを目的としています
プロジェクトチームは、この戦争の重要なエピソードの一つひとつを再現するために、ウクライナの防衛者たちの話を集めています
みんなのことを忘れず、ウクライナの人々が自由と独立のために戦った事実を、広い視野で見てもらうために
(終わり)

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