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この戦争は、どう始まったか -バフムート大隊(2)

(3,127 文字)

炭鉱夫とトラックドライバーについての事実

ハイブリッド侵攻における、「ドンバスの鉱山労働者とトラクター運転手」の「民兵組織」に関するロシアのナラティブ(物語)を覚えているでしょうか?
(注:2015年のデバルツェフの戦いについて、プーチンはウクライナ軍が「昨日まで鉱山労働者とトラクター運転手だった民兵」の組織に負けたと発言し、ロシア正規軍の関与を否定した。)

注:「デバルツェフの戦い」の詳細については「ローマン・ウースティ」を参照ください

その物語の下に、クレムリンは秘密裏にその軍隊を使い、ウクライナ東部の一部地域を占領しました
しかし、領土防衛軍のバフムート大隊を訪問したことで、ドンバスのために武器を取って戦う鉱山労働者やトラクター運転手がいることが神話でないということを、私たちは確信しました
彼らはウクライナ軍として、ウクライナのドンバスのために戦っているのです

バフムート大隊のかなりの部分が、地元の鉱山労働者とトラクター運転手たちです
ほとんどの人たちが、2月から3月の間に、自発的に、あるいは声を掛けられて軍の登録・入隊窓口にきた、40代後半の一般労働者たちです

2月までは「政治に関わらない」ようにしていた人も多く、ロシア人を兄弟国とは言わないまでも、少なくとも同じような精神を持った民族だと思っていたそうです
ジョージアンが紹介してくれた、ソルダールの戦いに参加しているコリヴァンもそうでした

「ロシア人について、もっと違った感情を持っていました
もっと言えば、いくらかの共感もありました」
コリヴァンのコールサインを持つ戦士はそう認める
「しかし、彼らがファシストのように私たちを攻撃してきたとき、全てが変わりました
だから、招集されたとき、全く躊躇いは無く、準備をして駆け付けました」

コリヴァンはトレツク(ドネツク州の中規模都市)に生まれ、そこに住んでいた
3月までは、トレツク中央鉱山のサイトマネージャーとして勤務していた
52年間のうち33年間を鉱山で過ごし、キャリアを積み、それなりの収入を得ていた
マネージャーとして「鎧(拒否権)」を使って鉱山に残ることもできたが、彼は迷わず軍隊に入隊したのだ

トレツク(ジェルジンスク):人口約3万人のドネツク州における重要都市

トレツク中央鉱山:ウクライナで最も古い鉱山

「私は軍人では無かったし、軍務経験もありませんでした
しかし、呼び出されたとき、すぐに行きました
なぜなら、私たちの土地を守りたかったからです
私たち全員の義務です
行かないなんて、そんなことできません
そうしたら、息子の目を見ることができなくなります
何処に隠れると言うのでしょうか?
議論の余地はありません」

彼の長男は18歳だ
家族はドニプロに滞在しており、コリヴァンは休養期間に何度か会いに行っている

「息子は私を誇りに思ってくれています
家族に会ったとき、息子に言われました
『父さん、制服似合ってるよ』と」

コリヴァンも彼の息子を誇りに思っている事がよく分かった

「息子から『父さん、愛国的なタトゥーを入れてもいい?』と聞かれました
息子は私を見習い、軍隊に入りたいと言っています
私が戻って、息子が兵役に行くみたいな、ね
でも、息子にはまだ早い
もう少し家にいてもらいたいです」

まだ一歳になっていない末のお嬢さんに会えない事をコリヴァンさんはとても寂しがっている

「私が出征したとき、娘は生後3カ月でした
8カ月間、彼女に会えませんでした
6ヵ月経って始めての休暇で戻ったとき、私に馴れてないせいで怖がられてしまい、二日間泣き続けました
その後、慣れてくれましたが
子供は成長していて、歩き始めているのに、この奇跡を見ることができません
まあ、そういう運命なのでしょうね」

軍務は彼の年齢を考えても困難なものですが、コリヴァンは、なぜここにいるのか理解しているので不平を漏らすことは無い

「私はもう若くはありません
若い人に着いて行くことはできません
しかし、前向きな姿勢は貫きたい
万事OKです」

彼の力強い「平常心」は、このインタビューの中で何度も見ることができた
先日のソレダーでの30時間の戦いについて、コリヴァンは「怖かった」と認める

「私たちは英雄ではないですが、嘘も言いません
戦闘が始まれば、みんなは冷静になり、ひとつの機械として動くんです
敵に同情することなく、ただの仕事と割り切るんです」

「ドンバスは諦めません
絶対に
私たちの土地が私たちを守ってくれています
そして、私たちもこの土地を守ります」
そう言ってロシアのナラティブを否定する

彼の鉱山も他の最前線にある鉱山と同様、生産が止まり、一部浸水さえしている
しかし、人々はあきらめずにまだ働いている
コリヴァンは、自分の会社が立ち直ることを確信している
戦争が終われば、人生のすべてを捧げてきた仕事に戻るつもりでいる

「私たちはすべてを再建し、ドンバスを再興します
今までより、もっと良い暮らしができるでしょう
すべてがウクライナになります
私たちが変わったので、この国も変わるでしょう
私たちは以前とは全く違う生き方ができるはずです」

この戦争は、市民生活の中では何の共通項もなく、ほとんどの場合、友達になるどころか出会うことすら無かったはずの、何百人もの人々を結びつけた
不思議なことに、戦争という災厄が、私たち(ウクライナ人)がお互いをよりよく理解する助けになったのである

「鉱山労働者の私がナイトクラブの経営者の友人を持つことになるなんて、想像すらできなかった
しかし、私たちは出会い、8カ月の間によき友人になりました」
コリヴァンはそう話す

セルゲイ・アナトリエビッチ

次のインタビューに答えてくれたセルゲイ・アナトリエビッチさんはコールサインを持っていない
60歳にもなって、新しい名前を持つのは馬鹿らしいと思っている
3月12日に仕事をやめ、すぐに領土防衛軍のバフムート大隊に入隊した

「なぜ家で隠居生活しないのですか?」
という質問に
「みんなが助けを必要としている
私たちは国を守らなきゃいけない」
と笑顔で答えてくれた

1986年以来、彼は生まれ故郷のヴェクノカミンスクで農業用トラクター運転手として働いていた
3月に農業企業の他の従業員2人とともに領土防衛軍に志願し、ここで専門的な仕事を続けている

ヴェクノカミンスク:人口約1,000人規模の町

セルゲイの武器は、ウクライナのほとんどの都市で電力会社がよく使っている黄色いショベルカーだ
今は畑を耕すのではなく、塹壕を掘っている
セルゲイの所属する工兵隊は、陣地や要塞の整備に従事しているのだ

バフムート郊外では、激しい砲火の中で何週間も働かなければならない
そのため、工兵部隊はすでに何人ものベテランドライバーを失っている
セルゲイ自身も2週間前に砲弾の破片で負傷している
いつもニコニコしているが口下手で、自分のことは全く話したがらない

「対戦車溝を掘っていたら、あちこちからいっせいに砲弾が飛んできたんです
それでショベルカーが少し破損しました
少し腕も怪我をしましたが、今はもう復帰しています
療養のための休暇?
私の家は破壊され、村は占領され、行き場はありませんよ」

この辺りの前線の状況は常に変化しており、領土防衛隊の軍用トラクターのドライバーは大変な苦労をしている

「怖かったかって?
いいえ、そんなことはありません
何を恐れることがあるのでしょうか
もう怖いものなんて無いよ」
と、セルゲイ・アナトリエビッチさんは年齢を感じさせず、気さくに笑った

(つづく)

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