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この戦争は、どう始まったか -ホルボノース一家(1)

ルカシフカ村
3月初旬の侵攻状況

(4,308 文字)
5月1日 TheAtrantic 他:

おそらく2月27日、ロシア軍がウクライナ北部のルカシフカ村に砲撃を開始したとき、数十人の住民がホルボノース家の地下室に逃げ込んだ
子供たち、妊婦、寝たきりの年金生活者、そしてホルボノース一家も、桃園と野菜畑の地下室へ入り攻撃が終わるのを待った
10日の間、1時間に数回、砲弾が上空で鳴り響き、何かが砕け散る音を聞いたという
その攻撃は、地面に大きなクレーターを残し、彼らの車を燃やし、ホルボノース一家の家の屋根を壊した
そして3月9日、ついに大型兵器と戦車が村に入ってくる音が聞こえた
ロシア軍がルカシフカを占領したのだ

兵士たちは、おびえた村人たちに外に出てくるよう命じ、隠れているウクライナ兵を狙って、地下室に手榴弾を投げ入れた
その夜、イリーナさん(55歳)、セルゲイさん(59歳)夫婦とその息子ニキータさん(25歳)は近所の家の地下室に泊まった
しかし、そこは寒さと湿気がひどかったため、自分たちの家に帰った
自宅もひどい寒さだったため、自宅の地下室に向かった
自宅の地下室に行ってみると、5人のロシア兵が住んでいた

「私たちはどこに住めばいいのですか?」とイリーナが聞くと
「ここは俺たちの家だ」と兵士たちは言い、ホルボノース一家に「戻ってきていい、一緒に住めるよ」と言った
そして、ホルボノース一家は、5人と一緒に、再びそこで生活することになった

その5人のロシア兵と3週間ほど、一緒に食事をし、一緒に歩き、一緒に話をした
ロシア兵は自分たちの任務について意味不明な説明をし、ウクライナについて驚くほど基本的な質問をし、同時に彼らの動機や士気についての洞察を話した
ホルボノ一ス家は彼らの主張に反論し、怒鳴り、また一緒に飲み、互いに馴染んでくると、プーチン大統領の戦争に対する兵士たちの自信を突き崩した

ホルボノース夫妻が私と同僚のアンドレイ・バシュトヴィに語ってくれたこの数週間は、ルカシフカの地下室はこの戦争のプロパガンダ戦線の縮図と化していた
一方では、ロシア人たちが、自分たちの攻撃について聞かされた数々の虚偽を繰り返し、他方では、ウクライナ人たちが、虚構に駆り立てられた侵略者によって自分たちの故郷がどうして壊滅的な打撃を受けるのか不思議に思っていたのである

しかし、ホルボノース夫妻と、ウクライナの指導者ゼレンスキー大統領と同じ週に話をした私は、この家族の経験が、この戦争を終わらせようと必死になっている国内外の多くの政治家や役人、ジャーナリスト、活動家が苦しんでいる問題にも通じるものがあると気づかされた
嘘八百を並べ立てられてきたロシア人に、プーチンのウクライナ侵攻への支持を撤回させるには、どうすればいいのだろうか

最初はホルボノース一家も恐怖で、ロシアの同居人には話しかけられなかった
兵士たちは、いつも銃にしがみついていた
ウクライナ軍とロシア軍がチェルニヒウ近郊をめぐり繰り広げる砲撃戦を恐れていたのである

しかし、数日経つと、最初は食べ物の話やウクライナの人気レシピなど、当たり障りのないと思われる話題で盛り上がり、両グループは打ち解け始めた
ホルボノース一家は、この5人の兵士が軍の整備士であることを知った
その中の1人が大尉で、最年少の31歳
ルカシフカに向かう途中、地雷を踏んで顔に火傷を負い、軟膏を塗りながら呪いをかけていた
4人はシベリアから来ていた
5人目は40代で、ロシア中部の大きな共和国のタタール人だった
この男は砲撃が始まると、いつも真っ先に地下室に逃げ込むので、臆病者だとからかわれた

最初、隊長はクレムリンのプロパガンダを熱心に繰り返していた
彼と彼の同胞はホルボノース一家を救出するためにウクライナにいるのだと言い、兵士たちはウクライナ人ではなく、アメリカ人と戦っていると言った
戦争が終われば、プーチンの支配下でみんな幸せに暮らせるのだ、と

「助けてもらう必要はない
ルカシフカにも、ウクライナのどこにも、米兵もいないし基地もない
プーチンの下でなんか暮らしたくないんだ」とイリーナが反発すると
「ウクライナ人はロシア語を話すことを禁じられていると聞いている」と隊長は主張した
「どんな言葉で話してもいい」と彼女は言った
(私たちはホルボノース夫妻とロシア語で話している)

しかし、イリーナの訴えだけでなく、戦争の悲惨な事実を目の当たりにし、隊長は次第に疲弊していった
戦争が始まったばかりの頃、隊長は征服が間近に迫っていると信じて浮かれていた
「キーウは包囲された!キエフは包囲された! チェルニヒウは陥落寸前だ!」と
しかし、数週間経ってもキーウもチェルニヒウも陥落しないので、隊長は落ち込んでいった
ある時、隊長にキーウの位置を地図で教えたところ、隊長が思っていたような近場ではなく、100マイル近く離れていることに驚いていた(チェルニヒウとキーウそれぞれの中心部は約150kmほど)とセルゲイさんは話してくれた

他の兵士たちは隊長ほど熱心ではなかった
ロシア人からの報告もウクライナ人からの情報も信用せず、シニシズムに陥っている者が2人いた
顔に火傷をした兵士は、隊長が熱心な親プーチンであるのと同じくらい、反プーチン派であった
彼は公然と大統領を罵倒し、プーチンをヤギと呼んだ
彼はプーチンの政党に投票したこともないという

徐々に信頼関係みたいなものができてきた
ある夜、酔っ払ったロシア軍少佐が、革ジャンにソ連のピンバッチをつけてルカシフカをうろつき、「失った兵士の復讐に、住民を殺す」と怒鳴った
彼は酔っぱらいすぎていて、脅しを実行に移せなかったが、この事件だけが特別だったわけではない
若い兵士たちは、酒を飲んでハイになり、ウクライナ人に向かって「罰を受ける」べきだと叫んでいた
ホルボノース家は、果樹園の外に出ることはめったになかった
5人の兵士がいる地下室が一番安全と感じていたからだ

ロシア人たちは、酒を飲んだりやタバコを吸ったりするとき、セルゲイさんも誘った
強い酒を少しの水で割ってのんだり、セルゲイが新聞紙でタバコを巻いたりした
そうして、二人の間で立ち入った話ができるようになった
「ここで何してるんだ?この戦争の目的は何なんだ?」とセルゲイが聞く
するとロシア人たちは、「戦争ではなく、お祭り騒ぎを期待して来たんだ」と、落胆して答えた
ある人は「キーウで勝利の行進をするために来た」と言った

兵士たちの士気の低さ、皮肉や不信感は、ある意味で当然ともいえる
プーチンの有名なプロパガンダ・システムは常に、熱狂を煽ることよりも、疑念と不確実性を広めることに重点を置いてきた
多くの「真実」のバージョンを増殖させ、人々を迷わせ、その不透明さの中でも導いてくれる権威主義的指導者に目を向けさせる
国内政治の文脈では、こうした戦術は理にかなっている
何が本当に起こっているのか理解できない人々を受動的にさせることができるからだ
しかし、戦争に必要な狂信的な熱狂で国を動かそうとする場合には限界がある

私は、プーチンが大統領に就任した最初の2期、2000年から2008年まで、ロシアでテレビプロデューサーやドキュメンタリーディレクターとして働いていた
当時、プーチンの選挙コンサルタントのひとりが私に言ったのは、クレムリンには常にモチベーションの高い人がいないという問題だった
政府主催のデモが必要なときは、公務員がバスで駆けつけ、エキストラへの支払いが必要だった
注目すべきは、検閲が横行しているにもかかわらず、戦争に抗議したために何千人も投獄されたことだ
クレムリンがロシア国民は侵略を支持していると言っている割には、ロシア国内の都市で政府を支持する大規模なデモは行われていない

ロシアは米国の脅威にさらされている、ロシアは帝国になるべきだ、といった陰謀論を信じる多くのロシア人にとっても、クレムリンがそうした野心を追求するのに十分な能力があるかどうかという問題がある
戦争が長引けば長引くほど、クレムリンは何をやっているか分かっているのか?という疑問が表面化する
ホルボノースと共に過ごしたこの部隊の将校たちのように、現実に直面したとき、ロシアに何ができるかを疑い始めるだろう

また、ロシア人がクレムリンのシナリオに全面的に納得しているわけではないことを示す兆候もある
ロシアのインターネット検索で最近上位にランクインしたのは、前線での不祥事の責任を取って一時期無断欠勤していたセルゲイ・ショイグ国防相の所在に関するものと、ロシア軍がキーウ郊外のブチャから撤退した際に行ったとされる残虐行為に関するものだった

独立研究機関であるPublic Sociology Laboratoryの研究者たちは、ロシア人に134回の詳細なインタビューを行った
その結果、自国が敵に囲まれていて、ウクライナ戦争はNATOのせいだという根本的な考えを持つ人たちでさえ、モスクワが提供する明白な証拠を疑っていることがわかった
この調査を行った研究者の一人、ナタリア・サヴァリエヴァは
「支持と反対の間でバランスをとっている人たちが多い
彼らは、すべての関係者による『情報戦』と、双方からの『プロパガンダ』に直面し、混乱していると報告している」と結論づけている

独裁国家での世論調査は、最良の時期においても疑問の多いビジネスである
戦争という言葉を使うだけで、15年の懲役刑になる可能性があるというのに、どれだけ正直でいられるだろうか?
しかし、ホルボノース家に滞在した兵士だけでなく、一般のロシア人の士気も低いことを示す証拠がある
侵攻開始直後、入手した少数の学者の間で共有されていた調査によると、全国で行われた世論調査では、プーチンの「特殊作戦」を支持する人は半数近くいたが、その感情は希望や誇りといった浅いものであった
これに対して、戦争に反対していた5分の1程度の人々は、恥、罪悪感、怒り、憤りなど、もっと深い感情を抱いていた
約4分の1は、「特に強い意見はない」「遠慮がちに支持する」としながらも、「悲しい」と答えている

プーチンのプロパガンダ戦略は、一見したところ、案外脆弱なようだ

数週間の時間が経つにつれ、ホルボーノ一家には、ロシア兵たちはいかに不必要な被害を出してきたかを理解し始めたように見えた
30年かけて建てたホルボノース家の家は全壊し、図書室は2日間燃え続け、瓦礫と化した
イリーナさんは耐え切れず、地下室の暗がりの中で、兵士たちに向かって泣きながら叫んだ
「私たちは何もかも持っていたのよ! ここで何してるの?」
暗闇の中で、ロシア兵たちはただ黙って座っているだけだった

参考:

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