冨田 慎寿美

虐待やネグレクトを受けて育った。大人になってから感じた生きづらさからの解放を発信する為…

冨田 慎寿美

虐待やネグレクトを受けて育った。大人になってから感じた生きづらさからの解放を発信する為SNSやblogで自身の生い立ちを公表しながら感じた事、当時の思い、祖母の事、母の事など、blogでは書き切れいない事や、現代の虐待について、生きづらさの手放し方などを発信しています。

最近の記事

新たな課題

私はほんの数年前まで 自分の存在価値や 生きる意味がわからないまま 生きてきた 酷い時期は 「生きてる意味ある?」 「なんで生きてるやろ?」 なんて事まで考えた時期もあった 見えない未来に 終わりのわからない苦しさに 毎日が絶望感でいっぱいだった それが 自分の辛さと苦しさの理由 根源がわかった時 心に一筋の光が差した 生きていても 意味がない 一生このしんどさと 付き合って生きていかなあかんの? って思ってきた私 そこに理由や根源が あるとわかった時 原因がある

    • 循環

      手放すと 新しい何かが入ってきて 循環するって言うけど もちろん今日何かを手放すと 明日何かが入ってくるとか そんな単純な話じゃない 私でいうと 私は2年前ぐらいから もの凄く色々なモノを 手放してきた それは 意図的じゃないモノも含めて 人間関係だったり 環境だったり 物だったり そのたったの 2年間 今に至るまで経たことを 思い返してみると ちゃんとそこに手放しと 新しいモノが 全部 循環されてるのね そして 大事だと思うことは 手放したあと 大きな変化じゃないとし

      • 手放す勇気

        回り道をしたって 今まで通ってきた 通過点は無駄にはならない 全部自分の中に ちゃんと残ってて それにも全部意味がある 人のこと 周りのことを 優先し過ぎて 考え過ぎて 自分の気持ちを 後回しにして 身体や心が疲弊して そんな状況で何かを 始めようとしても きっと上手くはいかない 現状を変えたければ 手放す勇気も必要だと思った 手放すって とても怖いし 今まであった 環境から抜け出して その先の未来は 見えないし わからないし 勇気がいるけど ホントの自分の気持ち

        • 無意識の連鎖

          虐待を受けて育った人は 自分が親になった時 我が子に同じ事をしてしまう 確率が高くなる。。。 これは統計的にも 立証されている事です 私も若い頃からこの情報は 自分で知っていて 子供産んだ時不安でいっぱいだった どれだけ自分で我が子には 同じ目に合わせない!と 誓っても現実は違うかもしれない。。。 何故辛い思いをして 育ったのに また同じことをしてしまうのか それには頭で考えても 理屈では説明できない 心理的要因があるのです これは私の知り合いのお話 ある50代の男性

          機能不全家族

          皆さんは 機能不全家族とは どのような家族を指すのか ご存知ですか? 虐待やネグレクトはもちろん ↑ 私はこれに該当するのですが。。。 他にも 『親が何かしらの依存症である』 『過度な躾、過度に構う あるいは全く無関心で躾をしない』 『日常的な激しい夫婦喧嘩(DVなども)』 『親の暴言や威圧的な態度』 これらは一握りに過ぎず 例を挙げればキリがないのです そして 虐待やネグレクトのように 明らかにわかる 機能不全家族もあれば 子供に無関心・無共感 暴言・威圧感 過剰

          機能不全家族

          新しい年が明けて 心が痛む出来事が次々に起こって なんだか今だに 感情や心が整わない日が続く 数年前までの 私なら こんな状況に対して 自分自身に モヤモヤやイライラや 焦りや自責の念が押し寄せた だけど 今はそっと自分の感情に 寄り添ってあげれる こんな時もあるよ。。。ってね

          新しい年が明けて 心が痛む出来事が次々に起こって なんだか今だに 感情や心が整わない日が続く 数年前までの 私なら こんな状況に対して 自分自身に モヤモヤやイライラや 焦りや自責の念が押し寄せた だけど 今はそっと自分の感情に 寄り添ってあげれる こんな時もあるよ。。。ってね

          祖母との決別

          先日 祖母と何年かぶりに会った もう二度と会う事はない そう思っていた けれど どうしても 会って直接確かめたい あの人の口から直接 聞きたいと思う出来事があった それは 最近母が祖母に 私と姉の今の気持ちを 祖母に伝えたそうで。。。 すると祖母が 「私だけが悪いんじゃない」 そう言ったという事を 聞いてしまった 私はそれを聞いて 祖母はいったい 自分以外の誰が悪いと 思っているのか? 純粋に興味を持った そして私がこれから 虐待やネグレクト 機能不全家族という

          祖母との決別

          届かないSOS

          今回のblogを書きながら 当時誰も 自分のSOSを受け取って くれなかった事を思い出した 学校の先生も 友達のお母さんも 叔父も 何故すぐに 家に連絡してしまうのだろう 確認の為に 家に連絡を入れても 親は 事実を否定するに 決まっている それどころか それを他言した事に 事態はさらに悪化する もちろん理解もできる 私達がどれだけ 家の状況を話しても きっと想像はつかない まさかそんな事が 現実に起きているなんて 経験した人間なら 想像できるのだと思うけど そ

          ダメな自分も愛おしい

          完璧でいなければ 私はダメな人間だ そんな風に 自分に言い聞かせてきた頃が 懐かしく思える たった数年前までの私 それを手放せたと感じた時 ダメな自分ですら 愛おしく思えるようになった 何をしても 叱られ殴られる そんな生活が いつしか 自分を追い込むという 生き方を染み付かせていた 何をすれば正解なのか どう言えば正解なのか 何をすれば叱られないのか どう言えば暴力を振るわれないのか 自分を良く見せる事で 嫌われる 叱られるを回避するという 方法が染み付き

          ダメな自分も愛おしい

          支配下

          過去の生い立ちを blogで書いてると 何故? という言葉が 私の頭を巡る これは 私の母へ対しての思い 何故 虐待をする 祖母から私達姉妹を 守ってくれなかったのだろう? 何故 私達を連れて 逃げてくれなかったのだろう? 先日も書いたように 私は 祖母や母に対して 恨み辛みの感情はない けれど 何故 我が子が 自分の実の母親から 毎日虐待を受け 人としての扱いを 受けていないのを 見てみぬふりができたのか? という疑問は常に残っている 私は 祖母と母の間に

          した側とされた側

          子供の頃に出来た心の傷は とても深く そう簡単にその傷を 埋める事も 治す事もできない 虐待やネグレクトを 受けなくなったから 傷が癒やされるわけでも 無くなるわけでもなく 傷はあの時のまま残り続ける 大人になってからも 苦しみ続けている人が 沢山いる そしてみんな その傷と付き合いながら 生きている 逆に 虐待をした側は? そんな事とも知らずに 忘れ去られた 過去の様に 何事も 無かったかの様に それどころか 未だあれは 躾だったと言う人も いるんだろう 自分の

          した側とされた側

          理解者

          Aさんとの出会いは 姉からの紹介だった 姉も私の考えている事が わからない。理解できない。 と手を焼いていた 「1度会って話を聞いてもらえば?」 Aさんは何故か私の事を とても心配していると 姉から言われた Aさんの事は 1度見かけた程度 当時の私は 超絶な人見知り しかも社交性もゼロ 人には時間をかけないと 心は開けない まずあまり知らない人に 自分の話をするなんて あり得ない 本当なら断っていたと思う ただこの時の私は もう自分がわからなくなっていた 1度会ってみ

          私が書く理由③

          前置きが かなり長くなってしまった やっと 本題の 私が書く理由 それは 自分が生きづらさから 解放された時 ふと 私の様な 境遇で育ち 生きづらさを 感じている人は 世の中には沢山 いるんだろうな みんな 自分の生きづらさの 原因が何なのか ちゃんと気がついて いるんだろうか?と 思った 私がAさんとの 出会いで変わるきっかけを 得たように 私も誰かのキッカケや 気づきになれればいい だから 私は先ず自分の生い立ち 経験した事を 公表していこうと思った 経験し

          私が書く理由③

          私が書く理由②

          病院で アダルトチルドレンと 告げられ そのタイミングで ある人との出会いがあり (以後Aさん) これが 私の変わるきっかけとなる 私は 自分自身の 心の傷に気がつくまで 本当に自分という 人間が大嫌いだった 何故私はこんな思考なのか? いつも自分を責める 人の目を気にしすぎる 自分では何も決める事ができない ネガティヴの塊の様な人間だった そして それを人に悟られないよう 人前では違う自分を 演じる そして それはずっと 性格だと思い込んで 生きていた それが

          私が書く理由②

          私が書く理由①

          私が何故 過去の幼少期の出来事を 公表しようと思ったのか それは 大人になってから 生きづらさというものに 直面したから とはいえ まさか自分の生きづらさに 過去の生い立ちが 関係しているなんて 思いもしなかった 幼少期のネグレクトや虐待 後に施設に入り 虐待からは解放され 施設では 普通に学校に通い 部活もして 虐待を受けていた時から 考えれば それは幸せな生活だった 虐待から 解放されて以後 それを 思い出す事は ほとんどなく 祖母や母に対して 恨み辛みの 感情

          私が書く理由①

          改めて自分と向き合う

          私は今 blogやSNSで 週に1.2度 自身の生い立ちを 投稿している 1つ1つ丁寧に思い出しながら 書いていると 今まで気がつかなかった 気持ちや感情と直面する そんな事 思い出しても仕方がない 意味がない 日々のバタバタと過ぎていく 時間の中で わざわざ辛い過去を 事細かに思い出す必要なんて なかった けれど 今回blogを書くにあたって 改めて自分の過去と 向き合うことになった 大人になり アダルトチルドレンだと 心療内科で言われた時から 自分の過去と向き合

          改めて自分と向き合う