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仕事を早めに上がり母の施設へ。寝たきりの母は手指が動かしづらくなってしまった。何かしたくてマッサージしてあげようとすると嫌がる。グーパー体操しようと促してものらない。しまいには「早く行きな」と言われてしまう。来たばかりなのにー。でもよく考えたら…母はもう何もしたくないのだろうな。
敬老の日。姪っ子や姉が母の施設に寄ってくれたと連絡がきた。ありがとう。 今日は施設でもイベントがあり、母も米寿の記念状をいただいたらしい。 病院から施設に移ってひと月、胃ろうのため、ほとんど自分の部屋で寝たきりだったのだが、今日のイベントで、初めて入居者の方が集まるホールに行くことができた。 マジックショーをみて拍手もしていたとか。 母のその姿を思い浮かべるとうれしくてたまらない。 そして今日は特別に、お医者さんの許可も得て、訪問した姉が、母にアイスクリームを少しだけ
経過良好で母のゼリー食が1日ふたつになった。うれしい!トロミつけたドリンクも始まるそう。いつも口が乾いていたからよかったな〜。ありがとうございます♡
台風の最中、施設にいる母の面会にいってきた。 母は先月、病院で胃ろう造設の処置を受けたあと施設に移って、およそ1ヶ月になろうとしている。 私は「胃ろう」について、正直ほとんど知らずにいた。 母の主治医から、このままだと衰弱(死)してしまうからと「胃ろう」を提案され、あわてて調べたくらい。 調べてみて、いろんなメリットとリスクと、どちらもあることを知った。 なんでもそうかもしれないが。 母が救急車で運ばれた緊急時、人工呼吸器の時もそうだったが、今現在の母に、それをするし
あの日、産土神社で「てるてる短冊」にしたため願ったことが、今日叶った。 ありがたい。 有り難い。。。! 入院中だった母が、今日、施設に戻ることができたのだ。 戻ったと言っても、まだたったの2泊しかしていなかったけれど。 あれから2ヶ月近くの間、あんなこと、こんなことがあった。 考えても、悩んでも、答えの出ないこともたくさんあった。 最終的に母は「胃ろう」の処置を受けて、生き延びたのだ。 いろんな考え方があるだろう。 母がそれを望んでいたかもわからない。 せめても
怒涛のひと月が過ぎた。 綱渡りのような、決して落とせないバトンリレーのような。 人間はこんなにももろく そして、たくましいのかを感じたひと月だった。 悲しくて辛くてイライラして腹が立って切なくて 眠いけど眠れなくて。 でも同時にそんな中 家族、きょうだいみんなの優しさや陽気さや 瞬発力やあれこれを工夫する創造性やら。 緊張感の続く、大変な状況でしか生まれない底力が、この時期を支えてくれた。 おかしな言い方だが、私のどこかでは、この「大変な状況」を楽しんでいたし、き