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小説 #5-3 彼女はヴィークル社でトポロジーを解析された。

作家・フェイ・フュー(FH)は、人の抽象世界の情報をストレージしてくれるという、ヴィークル社の壺井を訪れる。
彼女がそのような決断をした理由は、まだようとして知れないが、作家としての自らのキャリアのために何かしら資するところがあると考えたのかもしれない。もしくは、フェイがねんごろにしている女友達、裕福で知性に溢れ、でもどこかんでいる女たちは、みな記憶を抽出されたがっている。そんな女たちの気まぐれな性癖にならってみただけかもしれない。


壺井のスタジオは、チャイナタウンにある大きな中華料理店の奥にあった。店は繁盛していて、いつも着飾った女たち、男たちで賑わっていた。

店のウェイター達もずいぶん多かったと思う。彼らは、白い麻のシャツと長いギャルソンエプロンといった西洋風のユニフォームで、みなりんとした風情だった。消炭けしずみ色のエプロンの長い裾をさっとひるがえしながら、大きな皿を器用に抱えてテーブルの間を歩き回っていたのを覚えている。

私(FH)を案内してくれたマネジャーは、非常に印象深い男だった。坊主頭で、眼光鋭く、達磨だるま大師のごとき風貌。たっぷりと布地を取った、コートのようなものを羽織っている。仕立てがいい。達磨氏の風貌をよく引き立てていた。

彼は私の姿を認めると、小さく頷いて、衣装の裾をひるがえして私を奥へいざなった。

私はここへ来てまだ一言もしゃべらずに済んでいる。

のちにソルと一緒に訪れることになるわけだが、その日はもちろん私一人だった。達磨氏は私を紫檀したんのドアの前まで案内すると、下がっていった。店の喧騒けんそうがまだここへは届いている。

壺井が私を出迎えた。


「僕は特段、テックサヴィなわけではないんですよ」壺井が言う。

壺井は50歳くらいか、もっと上かもしれないが、ベリーショートが形のよい頭を引き立て、すらりと伸びた背中が、彼を店に出ている若いウェイターたちと同じ種類の男に見せている。

「ただ、僕のベルカナという資質が、僕を今いるところへ運んできたのです」

「ベルカナとは?何だか、エキゾティックな響きの言葉ですね・・・」
私は壺井については何も知らないまま、ただリストに載っていた"Vehicle”という名前に惹かれてコンタクトを取ったのだ。

「ベルカナはDNAの組成が特殊なのです。日本に幾人もいないと聞いています。僕自身はルーツが大陸にあり、あちらではしばしば見られる現象だとか」

・・・

壺井は私をソファに座ったままにさせ、私を走査し始めた。彼自身はいろいろなデバイスを頭部や手に装着していたが、私は来た時のままで許された。

これから私の内なる情報が、デジタルに塑像そぞうされる。

壺井の視線が染み透しみとおり始めるのが感じられた。
私の表層的な風貌がどうとか、体格がどうとか、そのようなことは少しも関係ないようだった。
壺井は私の奥底にあるものを把持はじしようとしていた。

私の奥底にあるもの。それらは壺井の訪問をなぜか歓迎しているようだった。

壺井はそうして感受した私の中にあるものを、デジタルスカルプティングしていくのだという。

わたしの奥底にある、恥や喜びや、恐怖や殺意・・・。幾層にも幾層にも重なり、おりとなって沈んでいたもの。それらが今、サルベージされている。

引き上げられ、どこかへ積まれていく。いつの間にか、ざぶりとした愉悦の感覚が溢れ出すのに気づくが、止めることができない。

ひときわ大きな矩形くけいが引き上げられるのを感じる。私は口を開き、よだれを垂らす。

壺井は私を見据えたまま、デバイスの装着された手足を能のまいのようにゆっくりと動かす。

サルベージはまだまない。また別の大きな矩形が引き上げられる。
「もっとあるでしょう?もっと大きなのが。それも、引っ張り出して」
私は初めてそんな風な口のきき方をする。

壺井はそれには答えない。
彼の意識が私の情報空間を容赦なく渉猟しょうりょうする。

・・・・・・
・・・気がつくと、私はあたりをしとどに濡らし、意識を失っていた。

「うまくゆきました」壺井が微笑む。
「お疲れでしょう。あいにく、着替えていただくわけにはいかないので、これを羽織ってください。裏口から車でお送りします」

私は柔らかなカシミアのようなコートを着せられ、屋敷へ戻った。

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