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クラフトビールの「夢」と「そろばん」 第43話

2023年 12月 20日(水) 

グッド・バイ2023

前号で書いた2023年バージョンの「グッド・バイ」が完成。
哀愁しみじみ夕暮れ、トライライトタイムの空色をしたラベルです。
これを飲む時だけは「ビール」ではなく」、太宰治が綴ったように
「ビイル」と脳内表記してしまう。

「グッド・バイ2023」 お求めはお早めに🍻

せっかくなので、太宰治の話題をもう少し。
太宰治はビイルのほかには、どんなお酒を飲んでいたのだろう。

お酒にまつわる小説をたくさん書いている作家の吉村喜彦さんによると
太宰治は故郷青森を旅した際、りんご酒(シードル)を飲んでいたという。

太宰治の『津軽』にも、りんご酒のことが書かれている。
太平洋戦争末期の1944年(昭和19年)の5月、太宰は自らのふるさと=津軽を旅したが、作品の中にりんご酒がいくども登場している。
が、あまり上等な酒としてではなく、太宰が飲みたかったのは、当時、配給品となっていた日本酒やビールだった。

太宰治も飲んでいたりんごのお酒・シードル~吉村喜彦のin vino veritas

ああ、ふるさとのりんごを使った「グッド・バイ」を、
ビイル好きな太宰先生に飲んでいただきたい!
そんな思いになってしまいますね。

中央線を中心に
クラフトビールの変遷をめぐる冒険

ゆるゆると進めているちょっと前の歴史を辿る冒険、
肉付けしながら続きを進めます。
登場する「ビール名」(エリア・会社名)は、
基本、中央線を中心にした範囲にしています。


1995年

「深大寺ビール」(調布市・ホッピービバレッジ)が誕生した当時    
いわゆる 第一次「地ビール」ブーム。
皆さんご存知のように地ビール第一号は「エチゴビール」

「地ビール」、しばらくは話題になったけれど、
消費者の味覚は侮れなかったのでしょう。
(そこんところベルギービールに慣れた人の味覚が背景にありそうで
第39話に少し書いています)
お土産として話題性はあるものの、そこそこの価格なのにおいしくない
というイメージが広がる。

1995年は東京全域を見渡すと、
「隅田川ブルーイング」が醸造開始しています。

1996〜1997年

早々に撤退する地ビールメーカーと真摯にビール造りに取り組む
ブルワリーに二分されていく。

大手メーカーは総力を上げて発泡酒! 発泡酒! 発泡酒!の時代。
飲み手も二分された、と言っていいかもしれません。

1997年は、東京湾を望む立地に、「T.Y.HARBOR」がスタート。

1998年 

「多摩の恵」(福生市・石川酒造)

 石川酒造が明治時代に造った「JAPAN BEER」については
 またの機会に触れますが、ラベルが渋くていいですね。

「JAPAN BEER」 石川所蔵の展示より

さて、この年、1998年夏に
日本地ビール協会(1994年に設立)が主催する
「ジャパン・ビア・フェスティバル」(通称:ビアフェス)の
記念すべき第一回目がホテルオークラで盛大に開かれました。
第一回目の参加は57社/100種類以上のビールが出品、
のべ3000人のビール好きが全国から大集合したそうです。
僕は行っていません🙇‍♀️
参加した方いらっしゃるでしょうか。
当時の一般入場料は2500円。
今では日本全国主要都市で開催されていて、前売り4900円ですね🍻

1999年

「カミカゼビール」(立川市・カミカゼビール) 

おさらい完了。
亀のあゆみでごめんなさい🐢



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