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マンガ業界Newsまとめ3-210704:集英社×NetFlixの「MILLION TAG」と漫画編集者のDX

【週末特別編】でお送りいたします。

週末は業界ニュースも少な目ですので、その週に気になったニュースを掘り下げる記事を書いてみます

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今回は、個人的に万感の思いのある「マンガ編集者のDX」について、以下の記事に焦点を当てつつみようと思います。

このニュースは、集英社の編集者と漫画家がお互い名前を出してタッグを組み、優勝賞金500万円やNetFlixでの映像化をかけて戦うというものです。

作品作りそのものを、ショーとして見せる、最近流行りのプロセスエコノミーのエンタメ化ともいえる新しいものです。

既存のマンガ賞の賞品に比べ、金額500万円、NetFlixでの世界配信まで約束されるマンガ賞というのは破格です。

実はこれまでも映像化を約束した漫画賞はいくつかあったのですが、ここまでニュース性が高く、そして「本当に優秀なマンガ家が集まる」仕組みがここまで強力なものは、他に記憶がありません。

MILLION TAGに、しっかりと優秀な漫画家が集まった理由については、ジャンプを擁する集英社が主催したことや、連載確約などもありますが、何より大きいのは「優秀な編集者が必ずついて担当する」ということが、多くの漫画家を安心させ、一歩踏み出させた一番の要因ではないかと考えます。

しかし、ここ10年強のあいだ、特に制作・編集サイド側に近い位置でマンガ業界に関わってきた私としては、マンガ編集者がここまで、名前、顔、実績を前面に押し出してくるようになったことについて、少し振り返りながら書いていこうと思います。

編集者は裏方、名前を出すものではない

10年ほど前、全くマンガに所縁の無い業界からトキワ荘プロジェクトという新人漫画家支援の事業に飛び込んだ私は、一先ず漫画家という仕事を必死で勉強しました。

その中で、漫画家が作品を媒体に載せる過程、つまりビジネスを成立させていく過程の中に、編集者という存在が、作品作りから意思決定まで、敵か味方かあらゆる面で愛憎豊かに登場することに気がつきました。

「編集者が怖い」「編集者が認めてくれない」「編集者にはお世話になっている」「あの編集者じゃなきゃダメだった」などなど、新人漫画家たちから聞く話の中には、沢山の編集者エピソードが出てきます。

会社員やベンチャー経営者と仕事をしてきた私にとって、漫画家が成功するために編集者の存在が、作品作り以外にも非常に大きいということがとても印象に残り、京都にて編集者と新人漫画家マッチングする出張編集部を主催するなどしてみました。

色々と取り組んだ中でも、新人漫画家の作品が媒体に掲載されることを、最終的に「決める」人である編集長があまりネット上には出てきてなかったことに着目し、彼らがいかに編集という仕事をし、作品を媒体に掲載する意思決定をしているか知らせるため「編集長の部屋」というコラムも作りました。

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最近の記事は、ほぼ私ではなく引き継いでくれたメンバーが書いてくれていますが、2015年当初から半分くらいの記事は私のインタビューになります。

内容は記事を読んでもらえればと思いますが、実はこのインタビューを行うにあたり、断られたり、発言も名前も出さないなら話はしても良いというようなかたも多くいました。

その場合出てくる言葉の多くが、見出しの、
「編集者は裏方、名前を出すものではない」
という言葉であり、もうこれはある意味彼らの矜持ともいえるものでした。

マンガを作るということにおいて、作品の根幹を考え、絞り出すようにマンガを描くのは当然漫画家です。

多くの苦労や、才能と時間をかけるのも、リスクを負うのも漫画家ですので、出版社側で勤め人として接する編集者は前に出るべきでないという考え方です。

そう考えると、この編集長の部屋の記事で顔と名前を出して話をしてくださった皆様には、感謝の念に堪えません。

編集者の行動に変化の兆し

近年、編集者は裏方であるという文化は、少しずつ変わっていきました。
その一番大きな理由は編集者にも少し遅れてやってきたSNS文化だと思います。

SNSというか、マンガにおいてはTwitterが広まっていくにつれ、これを有効に活用してファンとコミュニケーションを取ったり、作品を世に出していく漫画家は増えて行きました。

これが定着化した結果、SNSに強い漫画家は、媒体に作品を掲載されやすい、掲載したらしたで、今度は漫画家自身でSNSに作品PRを流す。というような風潮が生まれてきました。(出版社はSNS苦手なので、、、など)

当時、多くの漫画家から「作ってる我々がPRまでするのなら、出版社の仕事とは、編集者の仕事とはなんなのだ?」という意見や不満などが出てくるようになりました。

その頃からだったでしょうか。作品のPRや新人作家の獲得や勧誘のために、編集者がSNSで名前を出しフォロワーを増やしていくことが増えてきました。

現在のここまでに至り、SNSを上手く活用されてるなと思われるのは以下の編集者さん達です。(ここは、社員編集者さんに絞りますね)

今回のミリオンタッグにも出陣している、ジャンプ+副編集長の林士平さん。面白い読切やヒット作品が出ると、いつも林さんが担当の為「また林か」というツイートが出てくるミームみたいになってますw

同じくジャンプ+副編集長で、ジャンプの新しい取り組みの広告塔になっている、モミーこと籾山悠太さんと、新しい取り組みをグイグイ進め、肝心なところではしっかり発信される編集長の細野修平さん

小学館の女性誌の筆頭ヒットメーカーにして、現在はsho-comi編集長畑中雅美さん

『重版出来』や、数あるゆうきまさみ作品を担当し、小学館旧社屋建て直しの際の壁サイン企画も取りまとめた、ヤマウチナオコさん

後に詳しく説明する講談社DAYS NEOを立上げ、現在はクリエイターラボ部長の、元ヤンマガの鈴木さんこと、鈴木綾一さん

元コミックゼノンで現在はヤングマガジン編集者の山中さん。編集者なのに、たまに自分でマンガを描いてます。

などなど、SNSで目立つ編集者さんたちが増えてきました。

同時に、上記で紹介した『重版出来』や、多くの漫画家マンガに出てくる編集者のキャラなどから、編集者という役割がつまびらかにされ、SNS上では名前を出して発言する人が増えました。

もともと、編集者は作品を作る伴走者としての役割は知られたものでしたが、この頃から「名前も出して販売にも貢献する編集者」や「出版社の新たな取組を発信する編集者」など、これまでなかったスタイルの編集者が増えてきました。

編集者が重要なら、名前を出しても良いのでは?

そしてこの流れから出来上がったのが講談社の「DAYS NEO」です。
説明には「投稿者にとって納得のいく編集者とのマッチングのお手伝いをすることで、少しでも漫画家デビューへの道が拓けることを願っています」
と、あります。

これより以前の編集者の露出については、例えば作品や作家の名前が出て、編集者が取材に答える記事などでも「編集者A」とか「担当編集者」など、匿名で語られることが多かったです。

そんな文化から、編集者が自分の名前を出し、どの編集者と組むかを漫画家が選択するという仕組みは革新的でした。

また、仕組みを考えたとしても、それを実際にまわるように仕組みをつくり、多くの関係者と調整して参加してもらうことは、非常に大変です。
これを実現したのが、講談社の鈴木綾一さんでした。本当にお疲れ様です。

以降、もともとcomicoやマンガボックスインディーズといった投稿が出来る仕組みがったところに、白泉社マンガParkや、LINEマンガのインディーズプログラム他、各社のインディーズや投稿サイトの仕組みが次々と立ち上がりました。

ここまででも十分に大きな変化ですし、10年前からするとエライことなのですが、2021年に来てこのMILLION TAGが、大変にヤバイわけです。


入口-制作-出口 全てが現在のベスト

ミリオンタッグを推進する集英社、中でも週刊少年ジャンプ編集部は
昨年の『鬼滅の刃』の記録的大ブレイクは記憶に新しく、続く『呪術廻戦』も充分にヒット中、『チェンソーマン』はPVの時点で大変に話題になり、既に海外でも人気が出つつある『SPY&FAMILY』ももうすぐ〇〇では?と期待され、更にその先とも目される『怪獣8号』は、尋常ならざるヤバイ潜在力を垣間見せながら控えています。

そこに、
入口」として、上記作品の中でも2作品を担当する林士平さんを含めた、ヒット作品作りに本当に貢献してくれそうな編集者が待ち構え、
制作」としては、ジャンプ+編集部などの中で、連載準備から掲載へ
出口」としては、ジャンプ+での連載だけでも十分価値がありますが、NetFlixでの映像化まで今回発表されました。

そりゃ、ここまでされれば漫画家だって飛び込むでしょう。ベテランも色めき立ったと思います。

今の漫画家さんたちは新人に至るまで、昔のイメージのようなボロアパートでミカン箱に向かって紙に鉛筆を走らせている人たちとは全く違います。

当然スマホを持ち、制作はPCとペンタブレットを揃え、SNSはPNや匿名でネットを使いこなして当たり前です。ある程度経験を積んでいれば、このMILLION TAGの価値が判らない人などほぼいないと言ってよいでしょう。

これこそ、元々新人漫画家の才能の多くをごっそりと集めていたジャンプ編集部が、更に才能を集める恐ろしい機構「DX版」です。時代の変化に対応したとも言えますが、わたしからすれば「ここまでやる!?」というレベルでの、最強だけをこしとって集めたような取組です。

そら強いわ

NetFlixの思惑-IP獲得の新しいチャンネル

2020年初め、アニメ・漫画業界にインパクトを与えたニュースが出ました。

「創作集団CLAMP、​樹林伸、太田垣康男、乙一、冲方丁、ヤマザキマリら6組」

いや、やばいでしょって話だよね~」としか言いようがない面子が、2億人を超えるユーザーを擁するNetFlixに原作を提供していくということで、多くの業界関係者はグローバルで巨大化し圧倒的な資本力を、作品作り、いわゆるIP制作に投じる彼らの姿に驚き、不安を感じました。

実は、この話もIPとアニメ・マンガの業界話として、書き始めると止まらないネタではあるのですが、それはここでは置いておきます。

これについては、今年に入り、太田垣康男先生のSFアニメや、ヤマザキマリさんのテルマエロマエ続編など、いくつかの構想も発表されました。

それはそれで、新しい取り組みとして進むわけですが、そこに来ての日本最強IP制作機構とも言える集英社との今回の取組です。

昨年最もヒットした『鬼滅の刃』の原作を生み出し、そのアニメもまだまだ続く集英社から、確実に原作が提供されてアニメが制作され、全世界に配信される。

双方にとって良い取り組みには違いないですし、両社の関係性もより深まっていくでしょう。

ネット由来の大ヒットサービスNetFlixと、近年ネット対応においても頭角を表すジャンプ+を筆頭とした集英社の取組は、こうした作品制作のデジタルシフトが、ひとつの形に到達したマイルストーンと言えるのではないでしょうか。

そして、ここまでつらつらと書いた、編集者が名前を出し、それを前面に出して優秀な作家を集め、プロセスエコノミー的ショーの域まで高めた集英社の手腕は、非常に高く、なにより不動のトップの位置からこの新しい取り組みを決断したことが凄いことなのでしょう。

そうした意味では、作った作品がヒットするかどうかをわかるまえに、ひとつの形を示したものであると言えますし、マンガの制作面におけるDXの最先端と言えるのではないでしょうか。

それでも創作の形は百人百様、DXが全てではない

ただ、多くの編集者の方の様々なタイプの仕事をみていると、特に表に名前を出さずとも十分過ぎる実績を出していたり力のある編集者も、実は見えない所に沢山います。

逆に言えば漫画家側にも、作品作り、締切管理、士気アップ、販売面のサポートなど、どの点に編集者の力が必要で、どの点が不要というのは多様というか、正直全員違うと言ってよいくらい千差万別です。

ですので、編集者によっては「相手の漫画家によって全く変わる仕事を、なんでもするのが編集者」と言い切り、その通り愚直に働いてらっしゃる凄腕が、出版社の奥の方の見えないところにゴロゴロいたりします。

そのため、このDXな流れがあったとしても、全ての編集者が名前を出す必要はないでしょうし、得意な人が表立つというのも、また考え方なのでしょう。

以上、個人的に私の目から見ると、とても大きいニュースでしたので紹介させていただきました。

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今日は午前中に閃光のハサウェイの舞台挨拶LVを見て気分良かったのと、週末ということで、初めての取組ですが思う所を書いてみました。このボリュームの文章を書くのは久しぶりで、気持ちいいですね。いい汗かいた気分です。これで痩せればいいんですけどね。雨が続いて日課の素振りが出来なくて残念です。

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