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オリジナル短編小説 【夏へかける】

作:青砥悠佑

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 「そういえばさ。世界では1年間に、九州と四国を合わせたくらいの面積の土地が、砂漠化しているんだって」
 ここは6年2組の教室。今、ちょうど2時間目の授業が終わったところだ。次は中休み。ばたばたと片づけをはじめる音、おしゃべり、そして廊下へ駆け出す足音が響く中、前列の圭人は静かに椅子に座ったまま。真後ろの私のほうへ振り向いて、語りだす。
2時間目は社会科だった。社会科と言っても、今は歴史の授業の最中で、砂漠の話をするなら地理の授業だと思うのだけれど……何か、連想するきっかけでもあったのだろうか。そんなことを思いながら、私は圭人の話に応じることにした。
 「九州と四国って聞くと、とても広く感じるね!えーっとだいたい6万k㎡くらいかな」
 「でしょ?俺もさ、初めて知ったとき驚いたもん。あと波留ちゃん、計算早いね」
 「え、ありがとう。そういえば、けいくんはどうして今、砂漠の話、したの?」
気になっていたことを質問してみる。
 「ああ、さっきの授業中ね?急に、昔読んだことのある本の画像が頭に浮かんでさ。それで、ずーっとそのことが頭から離れなくて。確か、幼稚園生のときに見た本だと思うんだけど、子ども向けの科学雑誌みたいなもので、裏表紙に毎月、コラムみたいな感じで地球上に起きている現象について紹介が載っていたんだ。ほら、オゾン層の破壊とか、外来生物の話とか!」
そうだった。圭人は、特にこれといった引き金がなくとも、話題がぽんぽん飛び出してくる頭の持ち主だったのだ。それも、ただの「歩く辞書」のようなものにとどまらない。彼の話には、必ず、その知識を得たときのエピソードがついている。今回の場合は、幼稚園生のときに読んだ本だという……。
 「けいくんって、すごいよね。私、小学校に上がる前のことなんて、家族旅行とか、幼稚園の運動会くらいしか、印象がないや」
 「そうかなあ、みんなそんなものなのかな。俺の中では、4,5歳のときに読んでいた本の知識が、結構今でも役に立っているって感じだなあ」
 「いいな、それはうらやましい、普通に」

 私は、今年初めて圭人と同じクラスになった。2人とも授業には積極的に参加するタイプで、必ずといっていいほど手が上がる。テストも100点をキープ。担任の先生からも、同級生からも、2人はいわゆる「頭のいい子、優秀なキャラ」として見られているらしい。でも、私はすぐに、圭人と自分との違いに気がついた。
普段、家に帰ったらすぐに宿題を片付けて、授業の復習、予習として教科書をひらいたり、テスト前には通信教材のプリントをこなしたりする私とは対照的な人物が、圭人だった。
圭人は、朝宿題が終わっていないことがよくあって、ゴールデンウィークの宿題はとうとう間に合わずに、1週間くらい遅れて提出していた。家では何をしているのかと思えば、あるときには
 「ゲーム!あと、少し本を読んだよ」
別の日には
 「おじいちゃんと散歩しながらおしゃべりした。あと、夜は星を見たよ」
と返ってくる。私には、宿題を後回しにするなんて考えられなかったし、ゲームで遊んだこともない。誕生日にほしがったことはあったが、両親は勉強をしなくなるのではと心配したのか、買ってもらうことはなかった。
先生に宿題のことを注意されたくはないけれど、毎日楽しそうにしている圭人のことが、どこかうらやましいと思っていた。

 そんなある日。圭人の家にお邪魔する機会があった。
圭人は、お父さんとふたり暮らし。祖父母が近くに住んでいるらしく、その日はおばあちゃんが遊びに来ていた。
圭人の部屋は、ずらっと並べられたシリーズものの図鑑に、カードゲームのケース、天体望遠鏡など、いかにも好きなものを集めました、といった様子だった。
そして、圭人は私に、流行りのカードゲームで遊ぼうと誘ってきた。目の前にいきなりカードの山を差し出して、これ、あげる、と言うのだ。突然の出来事に曖昧な返事をしていたら、床に敷かれたプレイマットに、手際よくカードが並べられていく。ひとつひとつ手順を教えてくれたおかげで、初めてのカードゲームでも楽しむことができた。感想を伝えると、圭人はにっこりと笑って、波留なら楽しんでくれると思った、よかったらそのカードを使って家で研究してきてもらって、また対戦してくれないか、と言ってくれた。それから、圭人がこのカードゲームのオンライン対戦にも夢中であること、同級生はビデオゲームばかりで一緒にする相手がいなかったことを知った。
図鑑のことや天体望遠鏡のこともたずねてみると、図鑑は3歳のときに祖父母がプレゼントしてくれたもので、天体望遠鏡は、お小遣いを貯めて買ったもの。圭人の知識は図鑑をはじめとした本によって蓄えられている、わりとどの分野にも興味をもってきたが、特に天体観測に関心があるのだと話してくれた。

それまで、学校の勉強はひと通りこなしてきたものの、これといって夢中になったトピックが無かった私にとって、圭人の話は新鮮だった。
 その日を境に、私は圭人の家に、習い事のピアノのレッスンがある日を除いて頻繁に通うようになった。遊んだり話したりする前に、一緒に取り組むようになったことで、圭人は宿題を忘れることが無くなった。どうやら、学校の図書館で借りてきた本を帰宅後すぐに読んでしまったり、人に話したいことができるとおしゃべりに夢中になってしまったりすることがよくあるらしかったが、波留のおかげで宿題ができる、助かったと言ってもらって嬉しかったことを覚えている。

学校の休み時間には、図書室へ行ってふたりで本を読むことも始めた。理科や社会科とかかわりはするものの教科書の内容を超えた読み物を楽しむうちに、少しずつ、私は理科なら天気や宇宙の話、社会科なら、現代社会の仕組みについての話にとても興味をもてる、というふうに、自分にも夢中になれる話題があることがわかってきた。

席替えをして、今の席、私の前に圭人が座るようになってからは、座ったまま話をすることも多くなった。圭人は、一度話し出すとそのことについてひとしきり話し終えるまでなかなかとまらないのだが、圭人のことを知りたいと思ってきた私はそれを楽しむことができる。


 そういうわけで、今回は砂漠化の話に始まり、圭人が昔読んでいたという科学雑誌について、詳しく話を聴いたのだった。


 ひと月がたち、小学校最後の夏休みまであと1週間、というとき。
今日は、昼前から、遠くの空がどんよりと曇りだしている。雲のかたまりをじっと見ていると、
直下では滝のような雨でも降っているのかと思うくらい、白いすじが見えていた。職員室の前を通りかかったとき、先生たちの会話が聞こえてきた。教室に帰る途中で圭人と一緒になる。
 「けいくん、隣の市で、すごい大雨になっているらしいね」
 「うん、これからこのあたりも大雨になって、もしかして集団下校になったりするのかな」
そのとき、校内放送が入った。
 「先生方、職員会議をひらきますので、至急、職員室へお集まりください。繰り返します、先生方は、職員会議をひらきますので、至急、職員室へお集まりください」
 「波留、今のって大雨のことかな?」
 「じゃない?前、台風で臨時休校になったときも、先生たちが集められたあとに発表されたよね」
給食時間。いつもの、児童による放送が終わった後に、教務主任の先生が午後の予定を告げた。
 「全校のみなさん。これから、大切なお知らせをしますので、よく聞いておいてください。
この後、夕方から夜にかけて、50年に1度の大雨が降ると予想されています。
そこで、みなさんの安全を考えて、今日は、給食が終わったら帰りの会をして、その後集団下校となります。帰りの会で、担任の先生から指示がありますので、それをよく聞いてください」
 放送のあいだ、クラスのみんなは静かに耳を傾けていたが、放送が終わると一気にざわつく。他のクラスからは、
「やったー!」
という歓声が聞こえてくるほどであった。

 集団下校では、全児童が体育館に集められて、あらかじめ決まっている班にわかれたのちに、1年生から6年生までが一緒になって下校する。ひとり担当の先生が入って、無事に帰れているかどうか見守ることになっていた。
私と圭人は同じ住宅街に住んでいて、集団下校のときには一緒に帰っている。
帰り道。
 「ねえ、けいくんは明日、どうする?雨ひどかったら」
 「そうだね、冠水とかするかもしれないよね。俺、おじいちゃんたちのことも心配だな」
私たちの近所は周りよりも低地になっている。20年くらい前に、大規模に浸水して、大人の腰までつかったこともあると聞いたことがあった。

明日は、既に休校が決まっている。思い切って、提案してみた。
 「けいくん、あのさ、明日のことだけど、早ければ今夜遅くには雨がひどくなって、明日の朝には外に出られないってことも、考えられるよね。だったら、今日のうちに、避難してみるのはどうだろう?」
 「そっか、こういうときって、公民館は、もう自主避難所としてあけてあるんだよね。」
 「これで何もなければ、いい避難訓練になったってことで……どうかな?」
 「うん、賛成」
 私の家族と、けいくんの家族を含めた15人ほどで、次の朝を迎えた。雨は昨晩から降り続き、市内を流れる川が氾濫危険水位を超えた。小さな水路が溢れたという情報も入っている。
大雨で水道の設備に影響が出て、断水が発生した地区もあるようだ。

 「波留、ありがとう。俺、家にいたら、おじいちゃんとおばあちゃんのことが心配になって、夜眠れなかったと思う」
 「波留ちゃん、いつも圭人と遊んでくれてありがとうねえ。今度の避難のことも、波留ちゃんが提案してくれたって言うんで……ありがとう」
おばあちゃんからもお礼を言われて、少し恥ずかしさもあるが、よかった、と思った。
 「波留、俺からも提案があるんだけど……一緒に、夏休みの自由研究、やらない?」
 「え、いいの?実は私、前から考えていたネタがあって……あの、小学生が楽しみながら、学べるカードゲーム作るの…・どうかな」
 「なにそれ、面白そう!」
 「例えばさ、こういうのできそうじゃない?と言っても今思いついたんだけど、
防災をテーマにしてさ……」

暇つぶし用にもってきていたコピー用紙に、鉛筆でカードゲームのアイデアを描く。
まだざっくりとしたものではあるが、「地震」「大雨」「暴風」などの自然現象に対して、
どのような対処をとればいいのかをシミュレーションする、という内容だ。
試しに、非常持ち出し袋の中身に該当するアイテムのカードデザインを描いてみた。
プレイヤーは、その中から適切なアイテムを選択しなければならない。
 「おお、波留、絵もうまいんだ。なんか、無人島のサバイバルみたい。この、『君は何をもっていくのか!』っていうセリフ」
 「ありがとう。けいくん、こういうの好きかなーと思って」

 「よくわかったね。俺、絶対、波留と自由研究完成させたいから、他の宿題さっさと終わらせるわ!」
カードゲームの話に夢中になるあまり、気がつくとお昼になっていた。
外は、少し明るく、雲の切れ間からは、青空がのぞいている。
私たちの夏が、これから始まろうとしていた。


【完】

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