オリジナル短編小説 【胡蝶蘭の物語〜花屋elfeeLPiaシリーズ24〜】
作:羽柴花蓮(旧 吉野亜由美)
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ここに一軒の花屋と一人の女性がいた。いつもの花屋elfeeLPiaである。妖精の感じられる場所という造語だ。言葉のみならず、実際に、花の妖精がいるこの花屋では中学に上がった向日葵が妖精とそれが持つ花言葉を取り持つ役目をこなしていた。
その向日葵が学校から帰って来る前から女性が胡蝶蘭の場所で長考していた。だが、一樹はそんな客を見ても追い出すわけも声をかけることもしなかった。すでにピンクの胡蝶蘭の精が肩に乗っていた。これは向日葵がこなす仕事である。
あまり先にやってしまうとまた足を踏んづけられるので、特に今回は何もしていなかった。向日葵が名付けた、子犬お兄さんが一樹にそっと言う。
「接客しなくて大丈夫ですか?」
「あ。先に手を出すと足踏んづけられるから」
「そういえば、そうですね」
子犬お兄さんも納得する。
胡蝶蘭。よく開店祝いなどの祝い事に使われる印象が強い。大きな蝶のような花は人を圧倒する。だが、それは花言葉の「幸運が飛んでくる」を思っての贈り物だ。もう一つの全般的な花言葉には、「純粋な愛」がある。色別にピンクは「あなたを愛しています」がついている。学名の「ファレプシノス」はギリシャ語の「蛾」と「似る」を語源としている。また、この種の名前の「アフロディーテ」はギリシャ神話の愛と美と豊穣の女神アフロディーテーに由来する。
そんなこんなで客を見守っていると、ようやく救いの女神、向日葵が、冬音と桜子をつれてやってきた。
「ひまちゃん、出番だよ」
子犬お兄さんが向日葵に耳打ちする。子犬お兄さんも妖精が見える大人の一人だ。
「あ。子犬お兄さん、こんにちは。と。行ってきま~す」
冬音や桜子を放り出して任務遂行に動く向日葵である。
「お姉さん。こんにちは。私は向日葵。お姉さんの名前は」
向日葵はすでにエプロン姿だ。花屋elfeeLPiaのロゴが入ってる。
「愛生よ。愛に生れると書いて。向日葵ちゃんはここのお店の人?」
ロゴの入ったエプロンを見て愛生が言う。ちがう、と向日葵は首を振る。
「小学校の時からここを遊び場にしていたの。その恩返しにお手伝いをちょっとだけしてるの。気軽にひまっ、て呼んで」
「ひまちゃんは偉いわね」
愛生はそう言って微笑む。そこへずいっと向日葵は前に出る。
「ずばり、お姉さん。今、恋をしてますね?」
「そ、そうだけど。どうして解ったの?」
「お姉さんがピンクの胡蝶蘭の場所からうごかないから。花言葉は『あなたを愛しています』、だもの。でも、男性にはピンクは贈りづらいものね。このミニなら自分で持っててもいいんじゃないかな?」
その場を圧倒していた大きな鉢の横にあるミニのピンクの胡蝶蘭を持ってくる。
「白は『清純』だから、贈り物にはいいけど。自分で持ってて幸運が飛んできますように、と祈るぐらいはいいと思う。あとはお姉さんの行動次第! 運はどっちにも転ぶよ」
「おいおい。ひまちゃん。そんなに脅したらお客さんが困るだろう。今日のひまちゃんはえらく積極的だね」
「いえ、それぐらいの方が勢いが付きます。白のミニとピンクのミニを下さい。このピンクを見て自分を後押しします。ありがとうね。ひまちゃん。また、来るわね。じゃぁ、お会計を」
「かしこまりました」
「お姉さん。胡蝶蘭、寒さに弱いから気をつけてね。ラッピングもあんまり長い間しないでね」
向日葵が後ろから声をかけると振り返ってにっこり愛生は笑って頷く。
「あのお姉さん、花なしでも恋成就するんじゃないの?」
どうしてここに来たのだろう、とばかりに向日葵は一人言を言う。それを子犬お兄さんが拾う。
「人は何かあった方が心強いんだよ」
「お兄さんもそうだったの?」
静かに子犬お兄さんも頷く。
「そうなんだー。次の客さんが来るまで宿題しとこうっと。桜子ちゃん、冬音ちゃーん」
すでにテラス席にいた親友二人の元へ飛んでゆく。
「ひまちゃんもお友達に囲まれるようになってよかったですねぇ」
会計が終わり、向日葵の周りに親友達がいるのを見た子犬お兄さんと店主、一樹はうなずき合う。
「一時はどうしたものかと考え込みましたよ。不登校でしたからね」
「そうなんですか。子育ては大変なんですね」
「どうして、そこで発想が子育てになるんですか」
大人二人の漫才にだれも突っ込むことも泣く延々と続いたのであった。
一方、ピンクの胡蝶蘭を部屋に置いた愛生はもう一つのラッピングをとるかどうか、悩む。今日は有給で一日、時間があった。確か、想い人の先輩、順も今日は有休を取っていたはず。その順は近々転勤が決まっていた。ふっ、とピンクの胡蝶蘭を見ると何故か気持ちがわき上がってきた。
今日、渡してみよう。だめだったらそれだけのこと。
愛生はスマホを手に取った。
「すみません。呼び出したりして」
「いいよ。何か、用があるんだろう?」
「ええ。近々、転勤なさると聞いてこれを渡したかったんです」
自分の彼への思いは何も言わず、愛生は白いミニの胡蝶蘭を出した。
「胡蝶蘭の花言葉は『幸せが飛んでくる』と言うそうです。先輩にも新しい土地で幸運が飛んで来てくれたらいいと思って」
そっと鉢を差し出す。
「ありがとう」
愛生の思い人、順はそう言って鉢を受け取る。そして、爆弾発言を落とした。
「よかったら、君も着いてこない?」
愛生はしばらくの間、何を言われたか理解できずにいた。
「今、なんて・・・?」
「だから、着いてこない? って」
「そ、それは・・・」
「プロポーズだよ」
何のてらいもなく順は言う。
「プロポーズ?!」
「そうだよ。君の気持ちは前から知っていた。いつ言おうか考えていたんだ。そうしたら、君からお誘いがあったからこの機会に、と。まだ採寸してないからわからないけど、この指輪受け取ってくれないかな」
順は胡蝶蘭の小さな鉢を横に置くと指輪を取り出した。
「え・・・エンゲージリング・・・」
愛生は目を丸くして驚いたままだ。指輪を凝視する。
「そんなに見たらダイヤに穴が開くよ」
「で、でも・・・」
「いいから指輪をはめるよ。左手出して」
有無を言わさない順におとなしく手を出す愛生である。
「お。入ることは入るね。これならリサイズで入る」
ほんの少し隙間はあったが、すんなり入った。
「転勤前にご両親にご挨拶できるかな?」
どんどん進む話に愛生はついて行くのに必死だ。
「たぶん、できますが。本当に私でいいんですか?」
「君でなきゃ、だめなんだ。幸運が自ら飛び込んできたのに取り逃がす男がいるもんか」
「って。お付き合いもないのに」
「そんなもの結婚してからいくらでもするさ。なんだったら、今からデートにしてもいい。交際ゼロ日が嫌ならね。私も宝飾店に指輪を直しに行かないといけないから」
「って・・・!」
もう、順は愛生の手を引っ張って会計に行こうとしていた。超スピードで進む結婚話に混乱する。好きなことは好きだが、デートも一回きり? もっと恋人の時間が欲しかった。
「不満のようだね。お姫様は。転勤するまでにデートを毎日しよう。そうすれば少しは恋人時間が延びる。私も君もお互いのことが少しはわかり合えるだろ。また言うけど、みすみす逃しはしないよ」
そう言って、順は会計に行く。
どうして、私の言いたいことが解るのかしら?
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