見出し画像

オリジナル短編小説 【星を頼りに進む旅人 〜小さな旅人シリーズ18〜】

作:羽柴花蓮
ホームページ:https://canon-sora.blue/story/

+‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+

 その日は万里有と亜理愛の大学卒業式だった。万里有は学友と別れを惜しむ暇もなく、式場である陽だまり邸に連れてこられた。
「もう少し待ってくれても良かったのに」
 迎えの車の中で学位帽をとりながら万里有は文句を言う。
「今日は挙式が先!」
 亜理愛が助手席から振り向いて言う。もうすぐ征希は渡米する。それまでに挙式と、皆が企んでいた。
 帰るなり、昼食をエネルギーゼリーでとりながら、ウェディングドレスを着る。征希の方はもう準備が出来ているらしい。
「ちょっと。動かないで。お化粧ができないでしょ」
 メイク担当の一姫が言う。
「えー。お化粧いらないんじゃないのー」
「何言ってるの。ウェディングエステまで受けてる子が。とにかくおとなしくして」
「はぁい」
 そんな幼馴染みとのやりとりをマーガレットは優しく見守る。準備が整ったところで、花屋elfeeLPiaという恋に効くという店で作ったウエディングブーケをマーガレットが手渡す。
「絶対ブーケトス取るのよ」
 鬼気迫る表情で万里有はマーガレットに言う。独り者はマーガレットのみだ。万里有はそれをなんとかしようと奔走していた。
 人前式なので、教会堂でもなんでもない中庭に人は集っていた。ごく少数の人間だが。その中、武藤がいた。
「武藤さん!!」
 万里有は裾をずりずり引きながら近づく。
「身、一つでやって参りました。これからよろしくお願いします」
「それを言う相手が違うわよ。ね。マギー」
「別にマリーでもいいわよ。ルームメイトなんだから。それにこの屋敷の女主人ぶりに箔が付いてきてるもの。私はたじたじよ」
 今日のマーガレットは気分がいいらしい。前に見せていた明るい笑顔だ。最近、眉間にしわを寄せている時間が増えていた。
「で、持ち物何にもないの?」
「通帳とキャッシュカードとクレジットカードはあります。退職金を頂いたのでそれで増やしていきますよ」
「マリー。どこに出てるの。征希と初対面が台無しでしょ。と。武藤さん。ようこそ」
 亜理愛がまた屋敷内にひっぱっていく。マーガレットは中庭にとどまった。
「結愛さんにはまだ・・・?」
 愛の告白である。
「ええ。まだ平の会社員ではありませんから」
「久しぶりに・・・」
 マーガレットの小さく言った言葉を武藤が拾い上げる。
「久しぶりに・・・?」
「恋占いをしてみます。どういう結果が出るかは解らないけど。マリーに言ってこなきゃ」
 マーガレットが走って屋敷に入っていく。
「マリー!!」
「どうしたの?」
 ヴェールをかぶった万里有が聞く。
「もう。本当にこれガーデン挙式用にデザインしたの? 最終試着より裾が長いわよ。いじったわね」
「ロングトレーンが憧れだから」
「まぁ。姫の好みなのね」
 マーガレットがにっこり笑う。まるで憑き物が落ちたみたいに明るいマーガレットに皆は驚く。
「マギー?」
「出来るかどうかわからないけど、武藤さんと結愛さんの恋占いをしてみるわ。マリーには悪いけど一枚引きしておいて」
「わかった。じゃ。ちょっと部屋に行くわよ。姫! アリー! ドレスを汚したくなかったら、このやたら長いドレスの裾を持って着いてきて」
「もう。職務に忠実すぎるわ」
「姫? 何か言った?」
「何も」
 ここで挙式しないと言い出せば大いに困る。機嫌は損ねないに限る。素直に一姫と亜理愛がついて行く。
「万里有?」
 すれ違った征希が名を呼ぶ。
「ちょっと待ってて。マギーが恋占いするって」
「ほんとか?! どんどんしてこい」
 征希もマーガレットの事を気にしていた。万里有とどうしたものかと考えていたのである。万里有はマーガレットと一緒の部屋に入るとカードの一枚引きをする。その様子を初めて見る亜理愛と一姫である。
「すごいわね。マギーと同じくらい出てきてるじゃないの」
 一姫が言う。
「まだまだよ。ガイドブック頼みだもの」
「さぁ。時間よ」
 亜理愛がせっつく。
「わかったわよ。このカード、姫とアリーに預けるわ。表を見ちゃだめだからね」
 渡すとまた走り出しそうになって裾踏みそうになる。
「マリー!! 急ぎすぎよ」
「はいはい。新妻は楚々と行きますよ」

 こうして挙式は行われた。誓いの言葉を述べ指輪をはめる。万里有の指に三つの指輪が並ぶ。それを満足そうに見つめていると征希に抱きしめられる。
「新妻のキッスは?」
「しなきゃだめ?」
「ダメ」
 そう言って征希は万里有に誓いのキスをした。
 そして食事会が始まる。料理はこの間、旅人としてきた森美樹が担当した。本格的なコース料理だが、慣れたお嬢ちゃんお坊ちゃんなのでスムースに食べる。いよいよデザートにウェディングケーキが必要になる。そこで行われるのはいわゆる夫婦共同作業ケーキカットである。ケーキの前に立った万里有はそこで、結愛が来ていることに気づく。そっとマーガレットを見る。マーガレットが軽く頷く。
「マリー?」
「大丈夫。事前の打ち合わせ」
「マリーは俺しか見ちゃダメ」
 ナイフを持った手で顔を征希の方に向けられては物騒なので、代わりに頬に軽いキスをする。
「征希しか見てないわよ。さ。切り分けましょ」
 初めての夫婦共同作業、ケーキ入刀が行われる。スマホをかざした武藤が画像を撮る。
「武藤さん。恥ずかしいからやめて」
「何を言ってるんですか。初めての夫婦共同の記念ですよ。ちゃんと写真にしますからね」
 しっかり年代を感じさせる武藤のおじさんぶりである。そこで、結愛が武藤が来ていることに気づく。
「武藤さん・・・」
 結愛の切ない声に武藤は結愛の顔を見つめる。
「はいはい。今日はめでたい日だからマギーが久しぶりに恋占いするって」
「恋占いを?!」
 聞かされていない男メンバーが驚きの声をあげる。恋占いを封印していたのではないのか? 一体どういう心持ちでするのだ。一斉にマーガレットに視線が集る。マーガレットはひたすら食事を食べていた。視線に気づいて、きょとんとしている。
「いや、きょとん、としてる場合ではないだろう。どういう風の吹き回しだ?」
 大河が代表して聞く。
「武藤さんの恋を応援したくなったのよ。ただ、それだけ。じゃ。後でケーキ食べ終えればしましょうか。美樹さんの料理がおいしすぎて現世を忘れていたわ」
 より一層天然ボケに磨きがかかったマーガレットに一同撃沈する。
「マリーがマギーになってマギーがマリーになった」
 征希の言い得て妙な発言である。しかしそのような事態になっている。

 食事もつつがなく終わり、両家の両親と万里有の祖父は帰っていく。それを見送って、全員テラスルームに集る。すでに万里有はウェディングドレスから普段着だ。もったいない、と一姫達が騒ぐがまた着ればいいじゃないか、という征希の言葉で収まった。征希も大人になったものである。そのメンバーの中に新しいルームメイトとその片思いの相手、結愛もいた。
「結愛さんに残ってもらったのは、他でもない武藤さんの気持ちを伝えるため。まだ、解らないかもしれないけど、一人の人の想いを聞いて欲しいの」
優しく結愛に微笑みかけて厳かに言う。
「リーディングをはじめるわ」
 一瞬、手が止まったが、意を決していたのかすぐにカードをシャッフルして武藤の前に広げる。
「今までの、道を後押しする占いではないから相手の事を思ってから選んで下さい」
 流石に、結愛を目の前にすると気持ちが揺れるのか、なかなか決められない。やっとの事で決めたときはかなりの時間が経っていた。マーガレットは万里有のカードがある事を確認にしてから表に向ける。
「『Navigating by the stars』、『星を頼りに進む』。メッセージは『至福を追いかけなさい』よ。カードは武藤さんは結愛さんを忘れるのではなく、幸せの形を追い求めるように示しているわ。カンを頼りにしなさいとも。進む道がわからなくなれば星を追い求めよ、と。道に迷った旅人が夜空の星を頼りに歩いた旅人のように結愛さんを追いかけて幸せを目指せば幸せが来るわ。気がつけば、きっと幸せの中にいる。これが私のカードの示した恋よ。マリーの方は?」
「『Maple spirit』『楓のスピリット』よ。キーワードは『寛大さ』。少し恋とは外れるけど意味は同じようなもの。武藤さんが愛を与えれば与えるほど、何倍にもなって返ってくる。そう読めるの。もう、姿を消したいなんて言わないで。優里亜さんはあなたの愛を必要としてる。その気持ちに応えてあげて。そうすれば幸せの中に二人はいるわ」
 万里有がカードの解釈を話している間、結愛はじっと武藤を見つけていた。
「武藤さん、本当なの? 私を好きなの?」
「優里亜様・・・」
 切ない視線が絡み合う。結愛は武藤の座っているところまで来ると手をとる。
「結愛様!?」
「私、武藤さんのこと好きよ。友達ではなく、恋愛として。武藤さんがいない屋敷は寂しかった。会いたかった。でも武藤さんは野田家の方。ずっと我慢していたの。ここにおられるというのはもう野口家から出てしまったの? 姿を消すってどういうことなの?」
「結愛様。私は・・・」
「様なんてつけないで。結愛と呼んで」
「ですが・・・」
「いいの。そう呼んで欲しいの」
「ゆ、結愛。私は今日付で野口家を出ました。これからは大河様達の会社で平のサラリーマンです。結愛に実家のような生活はさせられません。私は結愛を愛してしまいました。でも住む世界が違いすぎる。ですから、ここでせめて想いながら暮らしていこうと思ったのです」
「私もここに住むわ。いいでしょう? お姉様」
 結愛は泣きながら姉の亜理愛を見る。
「結愛はまだ無理よ。大学受かってからね。でも、ここに遊びに来るのはいいわよ。武藤さんの愛を受け止めてあげて。好きなんでしょ? 私にも解るぐらいずっと武藤さんを見つめていたわ。本気なのね。あなたも。まだまだ子供だと思っていたけど。駆け落ちはだめだから、ちゃんとお母様やお父様の許しを得て来なさい。反対はしないはずよ。娘の初恋の切ない思いぐらい、見れば誰だって解るわよ。ただ、もう、野口家の秘書じゃない事は言っておきなさい。大河の会社で働くことも伝えておいて。きっと大きな反対は出ないはずよ。武藤さんの有能ぶりはみんな知ってるから」
 亜理愛の優しいアドバイスに結愛は感謝の目で姉を見つめる。
「武藤さん。愛してるの。こんな年でも。側にいて」
「結愛・・・」
「抱きしめて・・・」
 立ち上がった武藤の胸の中に飛び込む結愛である。おずおずと手が背中に回る。
「さて、これからは恋人達の時間よ。ほら出た出た」
 本日の主役の花嫁がキューピット役に代わる。
「マギー、まだ、ケーキあったわね。みんなで頂きましょ」
「って、あなたのためのケーキよ。私の管理下じゃないわ」
「そう? 一番おいしそうに食べていたのマギーじゃない。独り占めでもしそうな勢いだったわよ」
「マリーの意地悪」
「なんとでも。今日は久しぶりに気分がいいから馬鹿騒ぎしましょ」
「ご近所に迷惑よ」
「えー」
 マーガレット以外がブーイングを起こす。
「騒音問題にならない程度にね」
 マーガレットの許可を得ると征希が走り出す。
「ちょっと。新妻を置いてくなー」
 万里有もみんなも走り出す。マーガレットだけがゆっくり歩く。
「ケーキは逃げないのに」
 子供のようで大人のような不思議なルームメイトを思いながら一人言を言う。
「恋占い、できたわね。これが始まりなのかしら?」
 マーガレットのつぶやきが廊下に落ちる。そこへ、マーガレットを呼ぶ声が聞こえる。
「はいはい」
 おばあさんのような返事をする。妙に年を取ったと感じるマーガレットだ。

 マーガレットの背中を万里有が押してくれるだろう。あの恋占いが出来なくなった出来事をみんなに話してみよう。今のマーガレットには家族がいた。家族に隠し事はしたくない。決意を胸に呼ばれている部屋に向かって歩き出した。

あなたの道を後押しします。

 旅人となったマーガレットはその言葉をかみしめながら万里有達のいる部屋へ急いだ。


【Fin.】

+‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+
応援したいと思ったら「いいね」♡
他の作品も気になる方は「フォロー」♪
コメントで感想もお待ちしています!
+‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+


この記事が参加している募集

#恋愛小説が好き

4,947件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?