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オリジナル短編小説 【ブルーベルの物語〜花屋elfeeLPiaシリーズ37〜】

作:羽柴花蓮
ココナラ:https://coconala.com/users/3192051

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「いっ・・・じゃなかった。店長―。入学式無事終わりましたー」
 向日葵がいつもと違う口調で報告に来る。今日は、向日葵と同じ高校に入学した純粋二カップルが来た。親友の冬音や桜子はもう一段上の学校だ。今頃、どうしてるだろうか。
「ひまちゃん。お帰り。今日はまだアルバイトじゃないから、いっちゃんでいいよ」
「ひまー」
 花屋elfeeLPiaの店長と抱っこひもで抱かれている長女、彩花が出迎える。言葉を覚え始め、彩花は向日葵の事を「ひまー」と呼ぶ。
 ここは一軒の花屋。花屋elfeeLPia、と言う。この花屋には有名となった伝説がある。花の妖精がいる。そして花言葉をともに恋を成就させると。その役割を向日葵はしてきた。一度、妖精が見えなくなった時もあったが、無事、試練を乗り越えて、今ではより一層、妖精達とつながりが強くなった。店主の一樹を超えているのかもしれない。それほど、向日葵と妖精の相性がいいのだ。店の後継者として指名されているぐらいである。彩花でなく、向日葵なのである。
 向日葵は近所に住む夫婦の養女である。特別養子縁組が組めず、普通の養子として家に入った。先に兄の養子がいるが、なかなか思うように仲はうまく行っていない。そんな複雑な環境で、向日葵は小学校の不登校から立ち直り、この店に出入りするようになった。高校生となった今では、アルバイト先になる。だからこそ、一樹を昔なじみの「いっちゃん」でなく「店長」と呼んだのだ。
「はい。無事、高校入ったお祝いにこれ、プレゼントするよ」
 そこそこ大きい鉢にはブルーベルの花が咲いていた。
 青い釣り鐘状の花が下を向いて咲き誇っている。向日葵は、一目でブルーベルの鉢に心を奪われた。
「いっちゃん! ありがとう!」
 抱きつこうとして、手にブルーベルの鉢がある事を思い出す。
「ひまちゃんは抱きつく相手が違うだろう。将来のために取っておきなさい」
「け・・・」
「清人! それ以上言ったらあの世行きにするわよ」
 清人は向日葵に告白して海外に行ってしまった賢太の事を知っている。ひとえに、恋人となっている紗世と別れたくないため、向日葵の彼氏については知らない振りをしている。そうでもしないと、向日葵が別れるように妖精を仕掛けてくるとでも思っているらしい。向日葵はそんな呪詛返しみたいな事は出来ないのだが。出来てもしないのが、向日葵だ。知っているけれど、恐れてしまう清人である。
「このブルーベルはね。ヨーロッパに多くあってね。春に一斉に咲くのをブルーベルの森っていうの。花言葉は『謙遜』とか『変わらぬ心』とか言うのよ。青は、静養では幸せの色とされてるの。だからこのブルーベルもきっと幸せを呼んでくれるよ」
 向日葵がにこにことと紗世と美夕に説明をしている。そこへ店先で若い女性と中年より少し年が行った男性が言い争ってる。そって見てると、初老の男性は何か言っている女性を振り切って行ってしまった。

まさか、恋人同士じゃないわよね?

 女子高生三人で目配せし合う。そして、お節介焼きの向日葵が、ブルーベルの鉢を持ったまま、女性に走って行く。
「何時ものひまちゃんね」
「そうね」
 紗世も美夕も向日葵の後を追う。
 女性にハンカチを差し出している。男どもは何事だ? と見るだけ。一樹だけが訳知り顔で見ている。
「ちょっと、あなたも行ってくれば?」
 妻、萌衣が出てきて一樹に言う。
「大丈夫。ここからがひまちゃんの世界だからね」
 一樹は萌衣に彩花を渡すと店の仕事に戻る。男子高校生二人は所在なげにしている。向日葵を先頭に女性を店に連れてくる。早速いつものテラス席へと連れて行く。
「萌衣さーん。紅茶でも作ってー。おねーさんが落ち着くように」
「はいはい。彩花。ひまちゃん達といなさいね」
 向日葵はどん、とテーブルに鉢を置いて彩花を受け取る。
「ひまー」
「はぁい。ひまちゃんですよー」
 機嫌良く、彩花は向日葵にあやされている。その様子を見てまたぽろぽろと泣く女性である。
「おねーさんのお名前は?」
 あやしながら何時もの役割を果たそうと向日葵は聞く。もうブルーベルの妖精はこの女性の肩に乗っている。どうやら向日葵からこの女性に移るために来た妖精のようだ。向日葵はそれを告げることなく着々と事態を進める。
「須崎琳子と申します。結婚を反対されていて、どうしてもお父に式に出て欲しくて話していたのですが、やっぱり振り切られてしまって。私には父か直人さんかどちらかを選ぶなんて出来なくて。厳しい父ですが、それ以外はとても優しい父でした。大好きなんです。父が。でも直人はやっと大学の講師になったばかりで。貧乏なヤツと結婚するのは許さないと言われて。私は直人さんを愛しています。父も。どちらかなんて・・・」
 そこでまた泣き出す。隣に座った美夕が背中をなでる。
「おねーさんに。この鉢をあげる」
 向日葵の言葉に純粋カップル達がぎょっとする。
「それはひまちゃんの入学祝いじゃないの?」
 紗世が言う。
 それに向日葵は首を振る。
「このブルーベルはおねーさんのもの。そう決まってたのよ。不思議とね」
「不思議、と?」
 紗世と美夕が顔を見合わせる。
「琳子おねーさん。元気出して。お父さんと旦那さんへの気持ちは変わらなんでしょ? このブルーベルの花言葉は『変わらない心』。琳子おねーさんの心にぴったりだわ。この花を見て、元気出して。もう一度、勇気だしてお父さんとお話しして。きっと、このブルーベルが助けてくれるわ」
 高校生になったからだろうか。向日葵が頼もしく見える純粋カップルと一樹である。自然と言葉が大人びていた。だからといってそれが向日葵らしくない、というわけではない。向日葵も一人の乙女。恋する心と親に対する想いは、誰よりも知っている。
 泣き止む頃を見計らって萌衣がハーブティーを出してくる。
「これでも飲んで落ち着いて」
「ありがとうございます」
 琳子はハーブティーを一口飲む。ほっとした表情を見て向日葵は軽く頷く。
「ファイト! 琳子おねーさん!」
「ありがとう。ひまちゃん。もう一度、この花を持って父に会いに行くわ。母にも顔を見せたいから」
 ハーブティーを飲み終わると琳子は花屋elfeeLPiaを去って行った。
「うまく行くのかしら?」
 紗世が言う。
「うまく行くわよ。なんたってひまちゃんのお墨付きだもの」
「だと、いいね」
 純が言う。それを見てなんとも言えない表情の清人である。あそこまで素直に会話はできない。もう付き合って二年か、三年目なのに。
「清人君?」
「清人でいーよ」
「じゃ、清人」
 向日葵は、あほくさ、と小さく言って彩花を預けとプレゼント請求に一樹を探し始めた。

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