オリジナル短編小説 【霧に巻かれる旅人 〜小さな旅人シリーズ シーズン02 第三話〜】
作:羽柴花蓮
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その日は暑い日だった。刺すような太陽の光に外へ出る気も失せる。そんな中、三人の妊婦さんとマーガレットは快適なテラスルームでゆったりとした時間を過ごしていた。
「暑いわねー」
「マリー。冷たい飲み物ばかりだと赤ちゃんに悪いわよ」
がばがば冷たいデカフェアイスティー、要はカフェインレスのことをデカフェと言うが、それをを飲んでいる万里有にマーガレットが注意する。
「はぁい」
と違う常温飲み物に手を出す。
「飲み過ぎもだめよ」
と亜理愛が忠告する。そこへ一姫が入ってきた。
「そこの玄関に暑さで倒れそうな旅人がいるわよ」
「あらあら。入れて差し上げないと」
マーガレットが立ち上がる。
「マリーは事前リーディングね」
「わかったわ。久しぶりで忘れてるかも・・・」
「しっかりしなさいな。天野さんの時もしてたじゃないの。会う前から」
「そうなんだけど、マギーのリーディングがないとだめなのよ」
一姫の突っ込みに苦笑いして部屋へ戻る。
万里有もやっと扇形にカードを並べるようになった。前はシャッフルして半分に分けた上を取っていた。それでもいいのだが、より感度が良くなった万里有にはまたレベルアップが必要だった。
夏の旅人を迎える舞台とでも言おうか、同じ所ではあるが、椅子の配置が換わる。亜理愛はお茶を用意し、一姫は適当に突っ込むところを考えている。リチャードはまだ勤務から帰ってきていない。いたとしても外部者である。どういうわけかリチャードは旅人を迎える事がなかった。いるのはいるのだが、マーガレットとリチャードに隔てる何かがあるようだ。いずれ、それも解るときが来る。慣れたもので、それを追求する人間はいなかった。
「はーい。デカフェのシトラスティー持ってきたわよ。旅人さんには思いっきり冷えたのをね。マリーは飲み過ぎだからあつーい紅茶を持ってきてあげたわよ」
「えー」
「散々アイスティー飲んだでしょ? いくらデカフェでも飲み過ぎは禁物よ」
「はぁい」
そう言って所定の位置に座る。マーガレットを起点に座るが、補佐の万里有だけマーガレットに一番近い席だ。旅人はマーガレットと向かい合う。緊張しているのかなんなのか異様に汗をかいている。
「少し涼んでからにしましょうか。とりあえず、冷たい飲み物をどうぞ」
マーガレットはカードデッキを横に置くと飲み物を勧める。旅人の女性は一気飲みだ。あまりの飲みっぷりにビールかと勘違いしてしまう。
「アリー。アルコールじゃないでしょうね」
「失礼ね。ちゃんとしたアイスティーよ」
「もう一杯どうぞ」
亜理愛がグラスにアイスティーを注ぐ。
「あ。ありがとうございます」
女性が発した初めての声に皆、にっこりする。今度はグラスからゆっくり飲む。少しは落ち着いたようだ。
「私はマーガレット。ここのシェアハウスの管理人と旅人の背中を押すお手伝いをさせてもらっているわ。マギーってよんで。そこにいるのはマリー。私の補助をしてくれているの。アリーはお茶係、姫は突っ込み係よ」
「ちょっと。突っ込みって!」
「ほら。かみついた」
ころころと鈴を転がした声でマーガレットが笑う。それにつられて、女性の顔もほころぶ。
「ほら。姫のつっこみで緊張がほぐれてきたわ。さすがは姫、ね」
ふふん、と胸を反る辺りはまだまだ子供だ。これでよく子を産むことにしたことだ。
「さて、もう一杯飲む? それともお話をする?」
「アリー、もう一杯あげて。話すばかりじゃ、また緊張するわ。飲みながら話せばいいのよ」
万里有の助言で亜理愛はまた、グラスにアイスティーをそそぐ。
「ありがとうございます」
か細い声に大丈夫か、と皆心配になるが、旅人は皆、こんなもんだと万里有は思っているのでそのままにしておく。万里有が何も言わないのであとの二人も口を挟まない。万里有の判断が狂うことはめったにない。さすがは吉野財閥の一人娘だ。
夫の大河達がいればまた、状況は違うだろうが、ここは女四人。万里有のしたい方にさせておく方が無難なのだ。
「それでは、お茶を続けながらお話しして頂ける?」
はい、とまた、か細い声で変じる。
「お名前聞いていいかしら?」
「あ。相模望愛です。実は、私、どこの会社とも相性が悪くて転職を繰り返しているんです。今も職場になじめないでまた、変わろうかと思っていて歩いていれば、ここの看板に行きついて、自分がどういう風にしたいのかも解らなくなってきているので、何かの後押ししてくれれば、と考え込んでいました。でも入る勇気が出なくて思案していたらそこの方が・・・」
といって一姫を見る。
「第一発見者は私よ」
「それで?」
万里有が一姫に言う。
「それだけだけど」
万里有が渡米前よりより一層ムキになって突っかかってこないため、いまいち、調子がでない一姫である。
「どうしたらいいか解らないの? それもとも転職の後押しがほしいのかしら?」
万里有が的確に突っ込んでいく。
「それもなにもかもわからないんです。自分は一体何をしようとしているのかまったくわからないんです」
「それでは、リーディングしましょうか。グラスは横に置いて」
言われるままに望愛はグラスを押して背筋を伸ばす。
「そんなに堅くならなくてもいいわよ」
そう言ってカードをシャッフルし始める。
「これは人生を旅に例えたカード。あなたの背中を後押ししてくれるわ」
そう言って扇状にカードを広げる。
「カードに触れずに一枚を選んで示して」
望愛は悩む。悩みに悩んだ末にカードを一枚、自信なさげに選ぶ。
「この一枚ね。それでは旅人に指し示されたアドバイスは・・・。『Fogged in』、『霧に巻かれる』。ネッセージは『時間をかけて、ゆっくり進みなさい』よ。転職はよしたほうがいいわね。わからない、という時こそ人生に最も重要な事への答えが浮上してくるわ。今は、何か習い事でスキルアップしてみるとか、今の職場で何ができるかを考えた方がいいわね。案外、あなたの力が必要とされているかもしれないわね。そこに真実はあるわ。私の後押しはこのメッセージよ。マリーは?」
マーガレットが万里有を見る。
「『Thicket of thorns』、『イバラの茂み』、キーワードは『不確実性』。マギーの言うように、動いてもがくと傷つくわ。今は、自然にイバラの茂みから道が差し込むのを待つしかないわ。転職はまたイバラの茂みよ。どこへ行っても同じ、とういう事ね。前進するために必要なのは自分の現状をはっきりと認識すること。いいタイミングが必ず、訪れる。今はそれを待って静かにしている方がいいわ。そうね、何かスキルアップを試みるのもいいわね」
「そうですか・・・」
望愛は少しがっかりしたようだった。
「もしかして転職を後押しして欲しかったの? ここに来た人で転職を勧められた人はたった一人よ。自分の可能性をもっと信じてあげれば? 今は、周りをよく見て、そして自分に何ができるかをじっと見つめる方がいいと、私も思うわよ。仕事なんてどこも同じよ?」
珍しく一姫が口を挟む。がっくりとしたような望愛に何らかの感情を持ったのだろう。
「そうしょげないで、ここでガールズトークしましょ。そろそろ青木姉妹も来るもの」
「そうなの?」
「だから、お茶会延長~」
そう言って亜理愛はお茶会の用意にいそしむ。そんな楽しげな亜理愛に何を思ったのか、望愛が手伝いを申し出る。
「あら。手伝ってくれるの?」
「身重では大変でしょうから。それにいろいろ体験してみるのもいいかと思って」
「ありがとう」
にっこりと亜理愛が笑いかけると望愛も顔がほころぶ。
「その顔! いい顔つき。その笑顔を忘れないでね」
「はい」
少し恥ずかしげに答える望愛を亜理愛が言うならまぁ、いっか、と傍観の一姫である。一姫ならもっと気合いをとかなどなど武道系の指導をしそうだ。それでは彼女は伸びない。それを感じているのだろう。万里有もマーガレットにもない魅力を亜理愛は持っていた。愛嬌というものだ。この愛嬌で救われた旅人は多い。一姫の突っ込みで救われた旅人もいる。適材適所なのだ。万里有とマーガレットは顔を見合わせて笑い合う。
「そこ、何笑ってんの。お客様が手伝ってるのにホストは働かないの?」
一姫の突っ込みがこっちにまわってきた。
「それじゃ。みんなでお茶会の準備しましょうか」
「そうね」
「マリーはもう体調、大丈夫?」
「ええ。すっかり元気よ」
「マーガレットさん以外みなさんママさんなんですね」
やっと緊張がほぐれたのか、二人にグラスを渡す望愛である。
「マギーは今、あまーい、新婚生活なのよ。うらやましいわ~」
「なーにが、うらやましい、よ。渡米して甘々生活送ってた人が」
一姫がかみついてくる。
「どうしたの、姫? 妊娠によるイライラ?」
売り言葉に買い言葉にもならない返し方で来た万里有に一姫がふん、とそっぽを向く。
「もう。姫ったら。はやく大樹に帰ってきてもらわないと困るわね」
「別に大樹なんていてもいなくても・・・大樹!」
テラスルームの入口で夫の姿を発見すると思いっきり抱きつく。
「お帰り。大樹」
もう、おやつをねだる子猫状態である。望愛があっけにとられて見ている。
「一姫さん、あ、姫さん、いつもああなんですか?」
「そうよ。あてられっぱなし」
「念願の恋を叶えたからねぇ。日本版ロミオとジュリエットだったのよ」
「まぁ。素敵。私も早くお嫁に行きたいわ」
「それ!」
万里有が強く言う。
「それよ! 花嫁修業でもすればあらゆるスキルが身につくわよ。自分の生活だって向上するし。食事をちゃんと取ることから始めるとすごくいいわよ。身にしみたもの。日本料理が恋しいって」
「そうね。料理教室もいいかもしれないわね。あと栄養士なんて」
マーガレットも乗ってくる。
「ここは何時しかマリーと私になってしまったから大変よ」
「シェアハウスのなのに?」
「シェハウスなのに」
二人はいいながら強く頷く。
「何か言った?」
地獄耳の一姫が聞く。
「姫はいいの。夫と夫婦水入らずしてなさい」
「夫も参加するもの」
「ダーメ。ガールズトークなんだから。あ。晴乃さん。晴美ちゃん。これからお茶会よ。姫は、ほれ、行った行った」
「追い出すつもり?」
「刺激を初心な乙女に見せないようにするため」
言われると一姫は真っ赤になる。
「なーに。赤面してるの。子供いるのに」
「いや、それは。今のマリーさんの方が刺激かと・・・・」
望愛がぽそっ、と言う。
「あ。そうね。ほれ。夫婦は行った。さぁ、みんなでパーティーよ」
女の子だらけのテラスルームに流石に征希も入る気は無く大河と回れ右する。それをよそに女子会できゃっきゃとする。久しぶりの心の高まりに居心地を感じている望愛だった。
霧に巻かれる旅人はここで休憩する地点を見つけた。これから人生を見つめ直す旅に出る。陽だまり邸その一地点であった。
あなたの道を押しします。
今日もまた、一人の旅人が旅立った。
【Fin.】
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