オリジナル短編小説 【嵐に備える旅人 〜小さな旅人シリーズ14〜】
作:羽柴花蓮
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征希が側にいないことがこれほど辛いこととは思わなかった。
征希は万里有を見ても何も言わず、無表情だった。征希が本当に怒ると無表情になる事は周知の事実だった。だが、すぐに万里有には笑顔をみせていた。それもない。あまりにも長い期間の怒りに周りは何も出来なかった。
征希を兄たちは説得していたが失敗に終わっていた。万里有が謝らないと許さない、と。しかし、万里有には何を怒っているのかわからない。いつしか旅人が来てもカードを引くことをやめてしまった。
ある日、万里有の指からころん、と落ちる音が聞こえた。指輪、だった。あの運命の相手なら外れないという指輪が。万里有はそれを握りしめて立ち尽くした。その万里有にマーガレットはリーディングをするように言う。
「マギー、私には・・・」
人の背中を押す資格などない、もう、征希の恋人でもない、そう言いたかったが、マーガレットは強く言う。
「最後の一枚引きよ」
万里有はそう言って、引いて見た。
万里有の顔が明るくなる。
「まさか・・・! マギーのは?」
「私のはこれよ」
そっと示す。万里有は表情がより輝いていく。
「ありがとう。マギー。希望を持つわ。征希の元へ一緒に行ってくれる?」
「もちろんよ」
万里有は親友に抱きついて安堵の涙を流したのだった。
「征希。お願い、話したいことがあるの」
勇気を出して万里有は三兄弟の部屋のドアを叩いた。大河がでる。
「征希はまだ・・・」
「お願い。大河。一生のお願い。征希に会わせて。これで最後にするから」
「万里有。最後って・・・」
「そうなるかもしれないし、そうならないかもしれない。すべては私達のカードにかかっているの」
「兄貴、入ってもらえ。マギーが凍える」
マリー、とも、万里有とも言わなかった。
「征希。話だけ聞いて。ただのカードと思ってもいいから。さっき、マギーに言われて最後のリーディングをしたわ。その答えとマギーのリーディングの結果を聞いて欲しいの」
「最後?」
征希が思わず問い返す。
「これを返すわ。さっき抜けたの」
運命の相手だと抜けないと言われてずっとはまっていた指輪がそこにあった。
「万里有! これは・・・!!」
「運命の奥さんじゃない、って事ね」
一瞬、万里有の声が涙声に震えたがすぐに調子を取り戻す。
「マギーの引いたカード。それは『Distant thunder』、『遠雷』。これから嵐が起きるとカードは言ってるわ。もう起きているけど。この機会に不要な人間関係を捨てろと。私に力を与えない状況も捨てろ、と。これが征希の事なのかどうかはわからない。ただ、新しい空気が入ってきて古い空気は入れ換えられるの。たぶん。広大な眺望を見る、というカードと共通の事だわ」
「ちょっと待て。万里有。話が早すぎて話が見えない」
「話し終わってから聞いて。そして私が引いたカードは・・・。読まなくても解るカード。『Rainbow waterfall』、『虹の滝』、それは奇跡。私達の仲が深まるかもしれないと示唆しているわ。ただ、何が奇跡で何が奇跡じゃないか解らない。私は征希の事を思って引いたから、征希にこれから奇跡が起こるのね。そう思っているわ。ごめんなさい、征希。わがままなばかり言って。むりやり婚約者にして。もういいの。夢は見たわ。大好きな人と過ごす素晴らしい時間。私にはこれまでが奇跡の滝だった。もう。いいの。指輪が外れたということはもう、私は征希の恋人でも何でもない。吉野家に帰る。マギーには悪いけど。ごめんなさい。それだけ言いたかったの。マギーありがとう。救われたわ」
後ろで見ていたマーガレットに抱きつく。
「抱きつく相手が違うんじゃないの?」
「一姫!」
「あなたも馬鹿ね。籍入れない入れないだけで別れようとするなんて。本当の夫婦は運命の指輪なんかにたよらないわよ。見損なった。私に大樹をくれてありがとう。それだけは言っておくわ」
万里有はうつむく。絨毯にシミが出来る。それを見た征希は出て行こうとした一姫につかみかかっていた。大樹と大河二人がかりで止める。
「大樹」
一姫が大樹を見る。
「一姫、言い過ぎだ。我々が入る問題ではない。向こうに行こう」
一姫の頬に光っていたのは涙か? 万里有にはそれは確認できなかった。
征希が戻ってくる。
「指輪は万里有のものだ」
万里有の指にはめる。また外れなくなった。
「俺が自暴自棄になったんだ。留学なんてしなくても万里有を幸せにする方法があったかもしれない。俺は見落としていた、と自分に嫌気がさしたんだ。その時、きっと万里有も同じ事を考えたんだろう。指輪ははめた主の考えに従うから。俺と万里有がこの指輪の主だ。一度外れただけで諦められるほど俺の思いは弱いものじゃない。万里有を愛している。だけど、この年でそんな言葉、陳腐だと思った。俺は子供だから、愛しているも言っちゃいけないと思ってた。俺は万里有を愛している。だからちゃんと幸せにしたいんだ。なし崩しに籍いれて大学卒業で即、新婚生活なんておかしい。俺たちは世界に出て行くんだ。もっと経験を積んでお互いに固い絆で結ばれてから結ばれたかった。きっと万里有なら解っていると勝手に思い込んでいたんだ。万里有は俺のために苦労してくれた。父親も祖父とも縁を切る覚悟で側にいてくれた。同じ事が出来なかった。ガキだな。俺も。万里有の涙見て思い出した。もう万里有を泣かせないって思っていたことを。だから一姫でも許せなかった。一言でも万里有を傷つけた人間を」
一人話す征希の腕に万里有は手をかける。
「一姫もそんなつもりじゃなかったのよ。私達にはカードが生活の一部なの。それに頼り切ってもダメだしその声を聞かない振りをしてもだめなの。だから、マギーのカードと私のカードが出たのを見てから来たの。話さないとって。私は征希を愛しているわ。すべてを捧げてもいいほどに。その思いが強すぎるのよ。なのに、この、別居生活なんだもの。征希に会えない日は辛かった。側にいて欲しかった。でも、言えなかった。私が悪いから。籍入れるって征希の真剣な思いを無視したから。何度もここに来たけどノックできなかった。最後の一枚って、征希がまたカードに触れていいっていうならまた触れるわ。でももうやめてくれ、というならやめる。私、征希以外に欲しいものないもの。征希の心一つで私の行動は変わるの。何度も実家に帰ろうと思ったわ。死ぬことも考えた。大げさ、でしょ? 笑ってくれていいのよ。弱い、私が悪いんだから。眺望しないといけないと解っていても出来なかった。征希の気持ちをわかれなかった。ごめんなさい」
次第に言葉が不明瞭になっていく。万里有はしゃくり上げる。その肩をそっと抱き寄せてまた、唇で涙をすくう。何度もしているとやっと万里有がくすぐったいと笑う。
「そうでもしないと万里有の涙止められないんだから仕方ないだろ。流れる速度に追いつけないんだから」
「征希・・・」
また、わっと泣き出す。両手で万里有は顔を覆う。征希はその肩を抱き寄せる。
「ごめん。意地張っていた俺も悪かった。もう、別れるなんて言わないでくれ。やっと手にした宝物なんだから」
「征希―」
名前を何度も呼んで万里有は泣きじゃくる。征希に切ない思いが生じる。
「頼むから泣き止んでくれ。押し倒すぞ」
しゃくり上げる声で万里有は言う。
「いいわよ。授かり婚でもなんでも。征希の奥さんになれるのだったらなんでもする」
「俺、留学やめる。万里有の側にいる。兄貴の会社に入らないかと言われているんだ。こんなに万里有が泣くなら留学なんて心配でできない。いままで、受験勉強付き合ってくれてありがとう。これからは俺が万里有の支えになる。ここに住んでカードで旅人の背中を押そう。俺も力になる。今まで傍観者だったけど、俺に出来ることなら何でもする」
「征希」
「兄貴」
大河がすぐ側に立っていた。
「留学はしろ。MBAは取っておくに限る。俺たちは日本でとったが、外国の方が有利だ。英語も勉強して損ではない。一目ぼれするほど格好良い男になるのだろう?」
「でも、万里有が・・・」
「万里有は強い。今回はお前の怒りが万里有を追い詰めたんだ。お前にも悪いところがある。我々の説得に最初から応じていればいいものを。込み入った状態にするなど男のすることじゃない」
大樹も戻ってきていた。
「そうだ。征希。万里有が勝手に婚約破棄をして我々を捨てたと表沙汰にはなっている。一姫や亜理愛が犠牲にならないように。そう取り計らうよう吉野家のじい様が指示を出してある。これは万里有の意向でもあるんだ。隠していた事実だが、そのままにはしておけぬ。一姫もその話を聞いて万里有に謝りたいと言っている。亜理愛も泣いていた。万里有に犠牲を強いていると。それだけの犠牲を払った妻にすることではないぞ」
「万里有! それ、ほんとなのか?」
「ごめん。今の、聞かなかったことにして。大樹の言葉は幻よ」
「万里有!」
「マリー。夫に隠し事はしちゃだめよ」
「マギー」
ほとほと困ったように名前を呼ぶ。
「全部、私のわがままから来た出来事だから私の責任で処理しただけよ。これで野口の家も立つ瀬あるし。ただ、征希に知られたら怒られるから言いたくなかったのよ。だって、籍入れたいでここまで怒られたらもっと怒られるじゃないの。もう。いやよ。征希が怒るのは」
また目に涙が浮かぶ。征希が首に手を当てて抱き寄せる。
「ごめん。俺が甘えてた。年下でごめんな」
「まさきー」
万里有は泣く。ただただ、愛しい人の腕の中で。気がつけば、狭い部屋に全メンバーが集っていた。万里有にねぎらいのスキンシップをする。
「一姫・・・亜理愛・・・」
「ごめん。万里有。私達の代わりに」
「何言ってるの。好きなのに好きって言えなかったじゃないの。その方がもっと苦しいわ」
「万里有―」
「一姫―。亜理愛―」
三人の女の子が床に座り込んで泣く。絆は強いのだ。お互いをお互いで思いやって生きてきた。ちょっとした衝突はあるが。しかし。この六人を引っ張ってきたのは万里有なのだ。聖母の名を持つ万里有。その名の通り愛は無限にあった。
「俺の万里有に手を出すなー」
やっと元に戻った征希が万里有を奪い返そうとするが押しのけられた。
「つえー」
「我々も逆らえぬ」
「同じく」
兄がふむふむ、と頷いている。
「これで解決したわね。あなたちってほんと迷惑なほど面倒ね。今後、マリーを泣かせたらただじゃすませないわよ」
マーガレットの目が据わっている。怒っている。完全に。こうなったマーガレットをなだめるのはやはり万里有しかいない。
「マーガレット」
万里有が本名で呼ぶ。
「私達と友達になって。私達が絆を深めたようにマーガレットとも一緒に絆を深めていきたいわ。四人ですごしましょう」
「マリー」
「来て。ここに座って肩を抱き合いましょう」
「しかたないわね」
マーガレットは白い綺麗なワンピースが汚れるのを気にしながら床に座って万里有達と肩を組む。
「私達は最強の女の子達よ。ね。マギー」
「そうね。万里有の涙の破壊力に自分でもびっくりしているわ。万里有が本気で傷ついたらだれであろうと容赦しないから」
まだ気が立っているのか、言葉使いが荒い。三兄弟は苦笑いだ。恐ろしいアマゾネスだ。この言葉がふさわしい表現かどうかは知らないが。奇しくも三人兄弟は女は怖い、と思っていた。
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