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オリジナル短編小説 【大冒険する旅人〜小さな旅人シリーズ07〜】

作:羽柴花蓮
Wordpress:https://canon-sora.blue/story/

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もうすぐ夏が終わろうかというある日、マーガレットは居候人たちを集めた。
「なに? マギー?」
 亜理愛が明るく言う。しかしマーガレットの表情は少し厳しい。ルームメイトの万里有がそのわずかな変化に気づく。
「マリーには解るみたいね。そんなに大したことでもないけど・・・。征希、リーディングで一つの道が示されたわ」
「俺? 俺を占ったのか?」
 征希はきょとん、としている。いつもなら万里有はそれを可愛い、と猫かわいがりするが今日はそんな気になれない。自分のリーディングで征希とのことが示されたのだ。そこにマギーのリーディングのメッセージだ。征希がどううけとめるか。自分もどう受け止めていいかわからなかった。
「征希はもうすぐ高校へ戻るでしょう? だからその前に広がっている道を見たの。そうして出た結果は・・・」
「結果は?」
 征希がオウム返しに問いかける。
「『Great adventure』、大冒険。リスクを冒し、挑戦しなさいと言うメッセージよ。あなたはこのまま宙ぶらりのままでいいの? 大学へ飛び級すると言ってるけどできるの? マリー・・・。万里有を幸せにできる準備は出来ている? そのためには大冒険をせよ、とこのカードは言っているわ。全てのリスクが成功につながるわけではないけど、試してみないことにはわからないわ。快適なゾーンを抜けて大冒険するところから新しい能力や素質が生れるの。よく考えてみて。ただの占いかもしれない。でもあなたの背中を押す手伝いをしたかったの。万里有にもあなたにも幸せになって欲しいから」
 マリー、と愛称で呼ばず、万里有、とマーガレットは言った。それが真剣にリーディングしたマーガレットの気持ちを表していた。
 征希はしばらく黙っていたが、わかった、と一言言うと立ち上がって部屋を出て行く。フォローするつもりなのか、大河が後を追う。弟の面倒を見ていたのは大樹より大河だった。だが、大樹も一姫に何か耳打ちすると出て行く。
「万里有」
 再び名を呼ばれる。万里有はにっこり笑う。
「マリー、でしょ? あなたの前では」
「マリー・・・」
 マーガレットが愛称を呟く。知ってるのだ。万里有のリーディング結果を。あえて本人から聞くことで心の中を見つめるよう言っているのだ。その心はしっかりと万里有に伝わっていた。
 万里有がマーガレットに一枚引きしたカードを手渡す。ハチのスピリットのカードだった。ミツバチが花の蜜を吸う場面だった。神秘的な人型のハチのスピットも描かれている。
「私が将来を考えて引いた一枚よ。『ミツバチのスピリット』。豊かさといいエネルギーがもたらされることを示しているわ。勤労の勧めもある。生産性を説いているから。それよりも私にとって気になった言葉は『優柔不断になってないか』、というメッセージ。優柔不断で片付け下手で、注意散漫な人は自分を振り返る時が来たといっているわ。私は今まで二人の許嫁を与えられてそこから逃げることしか考えてなかった。征希を婚約者の代わりに名をあげておいて征希を可愛がることしかしてなかった。本気の恋愛をしてなかった。征希とも誰とも。征希と向き合う時間が必要なのね。征希が大冒険へ行っている時に私は自分の心を見つめて優先順位をつける。これが、このカードの示した意味ね? マギー」
 マーガレットはそっと息を吐く。
「解っているのね。なら、何も言わないわ。征希と向かい合って。話して答えを見つけて。恋占いが出来たらいんだけど、あいにくそれはどうしても今、出来ないの。あなた達自身で解決するしかないの。ごめんなさい」
 マギーは自分の力のふがいなさを感じたのか、少し涙声だった。万里有をはじめ、いつもお茶会していたガールズメンバーはマーガレットの側に行って抱きしめる。
「気にしないで。征希にも私にも人生の道を後押ししてくれたんだもの。それで十分だわ。私はずっと優柔不断だった、ってよくわかったから。大河も大樹も一姫もみんな私の幼い頃からの友達でもう兄弟姉妹みたいな感じだった。誰かを選ぶと言うことができなかった。その区切りをつけさせてくれたのはマギー、あなたよ。ありがとう。何も出来なかったと言わないで。もう十分よ」
 万里有が声をかける。亜理愛も一姫もそれぞれ声をかける。いつしかこの四人には絆が生まれていた。姉妹でも親戚でもないマギーとマリー、アリー、姫だが、もう、同じ一つ屋根の下で暮らした家族だった。
「きっと、征希も何か見つけてくる。答えを。待ちましょう。征希の答えを」
 一姫が力強く言う。愛する人を得た一姫は少しずつ変わり始めていた。恋する少女から愛を知った女性へと。
「一姫・・・」
 マーガレットが見上げる。メガネに雫が残っていた。
「姫、でしょ?」
 一姫が言うとマギーもかすかに微笑みを浮かべる。痛々しいその表情は過去にマーガレットが心に傷を負うほどの事があったのを物語っていた。恋占いが出来なくなるほどの事があったに違いないと思わせるのに十分だった。生まれつき出来ないのではない。そう万里有は感じた。
「さぁ。真剣なお話はお終い。お茶会しましょ」
 万里有が言うと亜理愛がキッチンへとんで行く。
「そうね。建設的な事もしないとね、それにね。マギー。あのミツバチのスピリット働くということも意外と当たってるかも。私、バイトの経験もないの。働くことを考えていくわ。ここでリーディングを覚えて占い師になるつもりだったけど、就職か進学か考えて見る。もちろん、ここでリーディングの手伝いと修行はするわよ」
 一緒にキッチンへ向かいながら万里有はマーガレットに話す。そうね。と短くマーガレットは答える。
「もう。元気出して。いつもの穏やかなマギーはどこへ行ったの? 悪いのはこの朴念仁同士の六角関係なんだから」
「ほんとすごいわね。六角って」
 マーガレットがため息をつく。
「小さい頃からの事だからみんな何でもないと思ってるわ。時に本気になって向かい合わないといけないけど。さぁ、いつものおいしいサンドウィッチを作って。あれには目がないの。大量に作るわよ。どうせ、欠食児童もいることだし」
「万里有―」
「ほら来た。征希、もう少し待って。サンドウィッチ量産してるから」
「それ、土産に一旦実家に帰る。話すことがああるんだ。兄貴達も行くから女子会楽しんでて。万里有。大好きだよ」
 そう言って万里有の頬に軽くキスを落として出て行く。
 万里有は突然の出来事に理解が出来なかった。
「き・・・キス? 征希が? 私に?」
「恋人ならするでしょ」
 一姫の突っ込みがはいる。
「私達はまだ、清い仲よ!」
「キスぐらいで立ち尽くしてないで早く作って~。私はもう、飲み物の準備終わったわよ」
 亜理愛がせっつく。
「アリー。もしかして大河と・・・?」
 皆まで言う必要はなかった。まさか、とバシッと背中を叩かれる。
「大河の許嫁はまだ、マリーよ」
 ほんの少し寂しげな声を出して亜理愛は言う。
「あなたもはっきりと奪い取りに来なさいよ」
「それはねー。まだ、いいの。征希とマリーの件が落ち着くまではね」
「長い春ね」
「その用語の使い方は変よ。と、土産用のサンドウィッチできたわ。マリーの手作りじゃないけど、いいわね?」
「あ。持って行ってくる」
 万里有はサンドウィッチの入ったボックスを持って正毅を探す。すぐに見つかった。不思議と征希のいるところはわかるのだ。
「はい。お土産。いい話期待してるわよ。それからお返し」
 そっと征希の頬にキスをする。
「ま、まりあ」
 征希は呆然としている。
「ほら。行ってこい!」
 背中をバシッと叩く。
「痛い。マリー」
「痛くて結構。男上げてきなさいよ」
「わかった。それじゃ」
 勘当されている大樹は実家に帰れない。大河が子守役として一緒に行く。万里有はそんな征希と大河の後ろ姿をじっと見つめていた。大樹が肩を叩く。
「お茶会だろう?」
「男一人で両手どころか指に花いっぱいね」
「私は一姫さえ、いればいい」
「ノロケちゃって。行くわよ」
「ああ」
 万里有と大樹は空調の効いている二階のテラスに向かった。

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