オリジナル短編小説 【パンジーの物語〜花屋elfeeLPiaシリーズ26〜】
作:羽柴花蓮(旧 吉野亜由美)
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冬の花と言えば、パンジーやビオラが筆頭に上がるだろう。ホームセンターなどで安く売られている。ここ、花屋elfeeLPiaももれなく販売している。
花屋elfeeLPia。妖精の感じられる場所、という造語。造語だが、造語ではない。実際に花の妖精がいるのだから。このからくりを知っているのは花屋を回している店主、一樹と妻萌衣、そして長らく恋の成就を花言葉とともに叶えてきた向日葵とその他、見える珍しい大人たちである。
今朝は特にパンジーたちが新しくまた入荷したため妖精達が続々と産まれていた。その楽園はまだ向日葵には教えられていない。このからくりは向日葵が店を継ぐ事になるまで一樹一人が知っているだけだ。
花屋elfeeLPiaには色とりどりのパンジーの新しい花の妖精が飛び回っていた。見えるまでいかない人間にとっては眩しいかぎりだ。時折、見えたり見えなかったりする萌衣はそろそろ臨月のため店にはいない。時折、おやつを持ってきていたのだが、臨月のつわりでまたもダウン中である。
「カラフルだねぇ」
向日葵が花言葉とともに恋を成就させて結婚した、子犬お兄さんこと阿部毅が撫子と共にやってきた。
「あ。子犬お兄さん、撫子お姉さん。お久しぶり。今朝、パンジーが大量に入荷したの。妖精さん可愛いでしょ?」
この二人は珍しく見えるタイプの客ですでに常連客として迎えられている。そのパンジーをじっと見つめている女性がいた。
パンジー。名前の由来はフランス語で「思い」、「考え」を意味する言葉、panseeに由来する。パンジーの花姿が、頭をたれてもの思いをふけっている人の横顔のように見えることに由来している。ビオラも似ているが、パンジーより小輪のものをビオラと設定されている場合が多い。
パンジーの全般的な花言葉は、「物思い」、「私を思って」である。色ごとにも様々な花言葉がある。珍しい花言葉もある。「門のところでキスをして」。これを知っているならば相当な花好きであろう。英語の花言葉も多様にある。どれを使ってどのような思いを託すのかは客次第だ。
「ひまちゃん、他のお客さんに聞かれるよ」
「あ」
つい天真爛漫な向日葵は店のからくりをばらしてしまいがちだ。一樹と萌衣で火消しを行うが、片方が現在ダウン中である。
「子犬お兄さん。アドバイス、ありがとう。じゃ、あのお客さんのところ行ってくる」
「気をつけてね」
撫子も声をかける。
「はぁい」
元気な声で返事をすると女性の元へ一直線である。
「お姉さん、じっとそこにいて寒くないですか?」
「え? あ。お店の人?」
ロゴ入りのエプロンを見て女性は言う。
「ちょっと違うけど将来、このお店の人に内定している向日葵です」
「向日葵ちゃんね」
「みんな、ひま、とかひまちゃんって呼んでます。気軽に呼んで下さい」
「じゃ。ひまちゃん。パンジーの花言葉にひかれて来てみたけど、叶うかしら?」
「あ。紫のパンジーの花言葉ですか? 『あなたのことで頭がいっぱい』って事ですか?」
「そうなの。寝ても覚めてもそれだから普通の生活が送れないのよ。いい加減、ちゃんとした生活を送りたいんだけど」
「それには恋の成就が必要ですね。お姉さんには紫のパンジーや白のパンジーがいいですね。寄せ植えにしてみませんか?」
「寄せ植え?」
「そう。大きめの鉢に三ポット程、植えて周りにアイビーやスイートアリッサムを入れて作ってみたら、と・・・。アイビーは、『夫婦円満』だし、アリッサムは『優美』などでパンジーの花言葉を邪魔しないからいいのでは、と」
そういう向日葵の手を女性はがしっと摑む。
「お願い。その寄せ植え作って!!」
「えって。好みがあるから自分で作った方が・・・」
「私、ガーデニングなんてしたことがないの。水やりですら三日坊主で枯らすのよ。ひまちゃんだけが頼りなの!」
そこまで言われればするしかない。まず、礼儀として向日葵は客の名前を聞いた。
「純鈴、よ。純粋の純に鈴の鈴と書いて」
おや、と向日葵が一樹そっくりに眉をあげる。
「純鈴お姉さん。パンジーは元々スミレの交配でできたお花なんですよ。可愛いお話もあります。ある日、天使が春の野に降り立つと、美しいスミレがありました。そしてそっとささやきました。『人々に真の愛をつたえて。私達の面影をお前達に移してあげるから』。そう言って花に三回キスしました。それからスミレの花が三食になったんですって」
「まぁ。可愛いお話。何か、シェークスピアにも出ているんでしょ?」
「ええ。恋の妙薬として使われています。でもそれはパンジーが生れる前のスミレを指してるそうです」
「そうなの。恋の妙薬、あの人にも飲ませたいわ」
「大丈夫。お姉さんなら、きっと恋が叶いますよ。お守り代わりにこの寄せ植え持って帰ってもらいますから」
実際にもうパンジーの精が肩の上に乗っているのだ。一人は頭の上にちょこんと乗って、あと二人は両肩にのっている。いつもは肩なのだが、紫のパンジーの精は何故か頭に乗っている。見ると笑いがこみ上げるので向日葵は知らぬ存ぜぬ、で見ないようにしていた。
「重たいから、宅配便の当日配達で送るね。こっちに来て住所とか書いてください」
テキパキと動く向日葵に子犬お兄さんは大きくなったなぁ、と撫子と話している。
「ひまちゃん、うちの子に頂戴」
撫子のおねだりに一樹が手ペケを作る。
「ひまちゃんはうちの子です!」
「うちの子です!」
突如、萌衣の声も加わって、一樹はびっくりする。
「やぁね。お化けじゃあるまいし」
「つわりは?」
「少しましだから出てきたら、ひまちゃんがお店してたからそのままにしてこっちに来たの。たくましくなったわね。ひまちゃん」
「そうだねぇ」
小学生の時代から知っている撫子や毅達は頷く。
「師匠がいい腕をしてるからね」
「あら。私の教育の賜物よ」
実の子でもないのに、教育論を展開する若夫婦である。
一方、向日葵は重たい鉢をよいこらしょ、と段ボールに入れている。
「手伝ってあげなさいよ」
萌衣の突っ込みに一樹がとんで行く。
「ひまちゃーん。ぎっくり腰になるよー」
こうして無事パンジーの寄せ植えは純鈴の元へと向かったのだった。
配達された鉢をどこに置こうか純鈴は迷っていた。フラワーラックでもあればいいが、そんなもの初心者の家にはない。そこへ運良く、想い人からSNSが入った。思わず、相談してしまう。いきなりそんな話されてびっくりするかと思いきや、今からそちらに行って考えると返事を返してきた。いろいろな友人と来ていたことは来ていたが、二人きりになるのは初めてだ。
どーしよー。部屋が綺麗に片付いてないー。
純鈴は普段は綺麗に者をまとめているがこの寄せ植えを置くところを模索している途中で部屋が荒れてしまった。途方に暮れて寄せ植えを抱えて座り込む。オートロックの音が鳴る。寄せ植えの鉢を蹴飛ばしそうになりながらも床に置くと飛んでゆく。
「すみません。部屋とっちらかってますけど」
『いいよ。近くのホームセンターでフラワーラック買ってきたから』
「ええ!!」
すぐに鍵を解いてマンションの中に入れる。が、二人きりになる。向こうは何も思っていないだろうが、こっちは「あなたのことで頭がいっぱい」、なのだ。
どーしよー。
頭が真っ白になる。
すぐに部屋のインターフォンがなる。チェーンを解いて中に入れる。
「簡単な物を買ってきたからすぐできるよ」
想い人、晃はフローリングのリビングに座ると組み立て始めた。
「あ。粗茶ですが・・・」
「気にしないで。いつもみんなと飲んでいる仲じゃないか」
あなたはそうでも、私はそうじゃないのよ!!
叫びたい気持ちである。
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