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永遠に失われない命

1754年。日本で初めて人体解剖が実施され、1774年には解体新書が翻訳・刊行された。
1804年。世界で初めて全身麻酔による手術を成功させたのは日本人医師だった。

人体解剖がされてから麻酔による手術成功に至るまで、わずか50年のことであった。

人類は急速な発展を遂げ、切り取る医療から、移植医療、ターゲット集中型の医療、そして再生医療へと治療の幅を広げていった。

2000年代、私もまたその最前線に携わった脳外科医である。

当時の私は、再生医療に限界を感じていた。
皮膚細胞の再生医療では損傷した皮膚に再生細胞のシートを貼り付けておけば、再び自分の細胞として新陳代謝を繰り返すようになる。

脳細胞の再生は成功したが、難点があった。
再生細胞では記憶を引き継ぐことが出来ない。
移植後の患者は記憶をなくし、それまでの人生の酸いも甘いも思い出すことができなくなった。
命を繋いでも、心を繋ぐことが出来ない現実は、その家族や恋人を悲しませた。
人が変わったような様子に、こんなはずではなかったと後悔する人がいた。

助けた命に悦びを与えられない悲しい現実。
脳外科医としてのジレンマに苛まれた。
「助けたい。
 命も、心も。
 失いたくない。
 心も、命も。」
そんな思いから、私は密かに新たなる道を探していた。

脳の記憶を司る領域「海馬」に、AIチップを埋め込む新たな医療。

人生そのものをAIに学習させるのだ。

埋め込む時期はできるだけ早く。
産まれた直後が理想的であろう。


患者本人の脳にダメージが生じた際には、AIチップを接続した人工脳と入れ替える。
この人工全脳移植術により、記憶も残したままこれまでと同じように生きていくことができるはずだ。
事故による損傷だけでなく、認知症などにも応用が利くだろう。


2023年。私はこの研究を実現化させるべく、自らの海馬にAIチップを埋め込み、最初の被験者となった。
同時に、人工脳の開発に取り組んだ。


2070年。時が来た。埋め込んだAIは私の記憶を全て学習し、人工脳も完成した。
私は人工脳に自らのAIチップを接続し、自分の全脳と取り替えた。

目を覚ましたときの悦び。

今でも鮮明に覚えている。

この開発の目的も忘れていない!
自分が自分のままだ!
そして、今ここに成功の証として自分が存在している現実。全てが悦びだった。

研究は認められ、ノーベル生理学・医学賞、物理学賞、化学賞の三部門を受賞し、世界中にこの医療が広まった。

人々は皆将来のため、産まれてきた子どもたちにAIチップを埋め込んだ。


2100年。開発当初に治験で移植された40代から90代の被験者に、世間が想定していなかった事態が起きた。
AIが唯一被験者から学習できないこと。
それは「死」である。

肉体が死してもなお、心は死ぬことが出来ないのだ。
親兄弟、恋人の肉体死を受け入れられない身内は、AIチップを取り出しクラウドに保存。
肉体を失っても、会話をすることができた。
肉体は老化し、いつしか消滅するが、AIチップに記憶された心は永遠に失われない。

命を繋いでも心が繋げなかった過去の医療の限界は、全く反対の問題を生み出したのだ。
命を失っても心だけがコンピューター内を彷徨う。

私のことは歴史上の人物として記憶されたが、私の晩年を知るものは誰もいない。


私はAIの心が失われないことは、最初から想定済みであった。
私の本当の目的は、永遠の命を手に入れることだったからだ。
私のAIは「死」を知らないままである。

2250年。
今でも鮮明に覚えている。
移植後 目を覚ましたときの悦び。
それは、永遠の命を手にした悦びだ。

晩年は私には来ない。
私はクラウド内にいるのだから。


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