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半月

 いっときは輝いて見えた時間が、ある日突然あるいは次第に色彩を失っていく。私たちのピークは再会したその日から一週間だ。その後は緩やかな死に向かっていくだけ。タイムリミットは半月。それ以上の時間を穏やかに過ごすことは、私たちには不可能だ。

 その夜、私はセックスがしたくて彼と会った。終わりが近いことを知っていた。タイムリミットはとっくのとうに過ぎている。背中をつーっとなぞられると気持ちがいいと教えると、さりげなく手のひらでさするようになったのも、歪めた顔と上目遣いで覗き込んでくる癖も、最後にもう一度それを見られたらいいと思っていた。
 会わない3週間で自然とフェードアウトすることもできた。でも期待せずにはいられなかった。3度目の正直、もしかしたらこのまま良い関係を続けられるんじゃないか。だから最後に確かめるつもりで会った。彼と私の間に流れる時間を。

 結果はもちろんアウト。多分途中までセーフだったんだけど、途中からは私の悪い癖。頑固というか、融通が利かないというか。だからといってぞんざいに扱っていいことにはならないけれど。意思疎通のできないセックスの味なんか覚えたくなかった。

 終わりをこの目で見るまで終われない。最終回は自分が決める。だから、この最終回を自分の目で最後まで見届けたかったのかもしれない。

 最終回の始まりはいつもの飲み屋街。改札を抜けると探すまでもなく、真っ赤なチェックシャツがその存在を主張していた。なのに近くと逃げる。電話をしているようだったので少し離れて待っていると、すぐに戻ってきた。
 電話の相手は最近出会った女の子。ばったり再会した高校時代の女友達が連れていたのがその子。一回しか会ってないのに毎日のように電話していて、9月の彼の誕生日にはディナーに行く約束もしているらしい。自慢げに話すのを3万回は聞いた。

 彼のやり口は変わらない。軽率に「好き」だの「結婚しよ」だの甘い言葉を囁いて好きにさせる。追いかけられたら冷める。毎日一緒にいても冷める。そのくせ寂しがりで、独占欲が強くて過干渉。彼と恋愛関係に陥ったらどんな女の子も無傷ではいられない。

 適当な串カツ屋に入る。よく考えれば前に食べ損ねた馬肉を食べてもよかったけれど、そんなことはすっかり忘れていた。行きたいお店はまとめておかないと惜しい思いをする。
 彼は雑炊を、私は串カツを頼んで、お通しのキャベツをつまむ。バイト終わりで疲れていたからか、一杯のカルピスサワーでも少しふわふわしてきた。その横では未成年が店員さんの持ってくるそばから梅酒のストレートを一気飲みしている。もう二杯目だ。本当にどうかと思う。

 少し良い気になってきたのか、「女と飲むって言ったら怒るから、今日は男友達と飲んでくるって言ってきた」と話し始める。まあこの人も平気で嘘つくよね、なんて思いながら「うわ、ひどい、浮気じゃん」と続きを促す。「浮気じゃねえし。いいやん。友達と飯食うぐらい」
 彼が私のことを友達と言ったのが意外だった。この人は私のことを友達だと思っているらしい。へえ。

 私たちは去年の冬も今年の夏もずっと性交渉ありきで会っていた。私たちが会うのは楽しいセックスで性欲を解消するため。そして美味しいご飯を食べるため。よく知らない人とのセックスで楽しく気持ちよくなることはできないから。
 そして何より、彼の、このnoteを自力で検索エンジンから見つけ出す執念、Twitterの匿名アカウントを無理やり監視下に置く支配欲。友達にはこんなこと普通はしない。
 だからセフレとは言っても名ばかりで、彼にとっての私は、性欲や支配欲や自己顕示欲その他諸々の欲望を自由気ままにぶつけられる存在なのだと思っていた。
 セフレ。セックスもする友達。セックスもするくらい仲の良い友達。なのだろうか。あるいは、だったのだろうか。

 3週間ぶりのセックスは冒頭にも書いたようにそれはそれはひどいものだったので、私はあまりに腹が立って泣きそうになった。朝、目が覚めてもなんだか涙がこみ上げてきそうだった。机の上にあった都知事選の候補者の訴えが載っている新聞を端から端まで読んだ。読んでいるうちに決心もついた。
 新聞を四つ折りに戻す。さっさと帰ることにした。長居して暑い中帰るのは嫌だった。新聞の隣には、借りる約束をしていた本が置いてあったけれど無視した。

 やはりこんなことがあったので、いっそ縁を切ろうかとも考えた。けれど、やめた。まだ馬肉食べてないし。
 どんな関係であれ、こちらから縁を切るということは自分の未来の可能性を摘み取ってしまうことでもある。彼の場合はネジが飛んでいるのではと思うこともあるが、日本史や法、政治の分野においての知識は豊富だし、その尊大な態度に目を瞑れば学ぶことは多い。生活の様子や収納の仕方でさえも参考になる。
 逃げるのは、壊れそうになってからでいいと思った。お互いがどうしようもなく傷つけあって去年の夏のようにボロボロになる、というわけではない。私たちは距離の取り方を会得した。

 自分のことをゆるくコンスタントに好きでいてくれる相手なんてそうそう見つからないだろう。たとえそんな女の子が他にいたとしたって、自分について何万字も書いてくれるけったいな女の子なんて、世界中探し回っても私の他にいないと断言できる。
 まあ、半年しか一緒にいられないなんてのも、それなりにドラマティックでしょう。なんてね。

 

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