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川口の文学


 大阪の大学を卒業して埼玉県の川口市に引っ越してから、私は一体どんな小説を書けばいいのか自分で良く分からなくなってしまった時期があった。

 中短編集でいうなら『Let it greet』と『Who is the Resurrection』の時期だ。大学時代は、若者らしい無謀さに身を任せて幾らでも小説を書くことが出来た。恥知らずなぐらい書き散らして文芸部で偉ぶっていた。それが大学を卒業して一応は「大人」になってしまい、自由な時間は減り、次第に体力は衰え、気性まで落ち着いてしまうと、露骨に執筆量が激減して纏まった量の物語が書けなくなってしまった。

 私のスランプの一因は、私が引っ越した「川口市」が全く物語的な魅力のない場所であったことにも起因していた。東京のベッドタウン。仕事も遊びも、京浜東北線で都内か大宮に出てしまえば事足りてしまう街。歴史的には奥行きのある街だけど、実際に住む限りでは、ひたすら私とは何の関係もない閑静な住宅街が続くばかりでそれ以上の広がりがない。私は鬱屈な満員電車に乗って都内へと通勤する。私の生活圏は自宅と駅とを繋ぐ見飽きたルートに収まってしまい、せいぜい近所のコンビニやスーパーに寄るぐらいでその外側にはまるで出ることがない。アパートのお隣さんとはもう挨拶すらしない。直上の住人がどんどこと床を踏み鳴らすような騒音を立てるのだけど顔すら知らない。

 川口には人間がいない。独り暮らしで近所の誰とも接点を持たず孤独に生きている人間にとっては、川口は余りにも何もない場所だ。知り合いは職場の同僚達と大学以来のほんの数人の友人だけ。私自身に物語がないから、私はもう物語を産み出せない。ああ、大学生って立場は、多種多様な物語に幾らでも参加出来る恵まれた環境だったのだなと改めて思う。大人は広がりのない習慣の奴隷だ。

 こんな川口に文学は可能なのか? 寝て起きて出掛けるための、文字通りベッドタウンであるこの街に物語は可能なのか? 私は殆んど足掻きのような心境でそんなことを考えた。私は幾つか物語を創作し、私には川口文学は無理だという結論を得た。人間がいない街に物語は不可能だった。

 しかしこの挫折こそ私が「私達の街」というテーマを見出だす出発点でもあった。川口では物語を探すのは不可能だった。でも例えば前橋なら、幸手なら、足利なら、土地の個性に立脚した物語を想起し、創作するのは充分に可能だと気付いたのである。

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