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代表作の定義


 文庫本をぴらっと捲ると、カバーの袖のところに作者の略歴が載っている。例えば海外作家の場合、どんな人生を歩んできたか、海外でどう評価されているかなどが簡潔に纏められていたりするので、新刊の文庫本が出ていたら私はここから確認することが多い。

 しかし国内の作家、特にまだ存命の国内作家の略歴の味気なさといったらどうしたものだろう。出身年と出身地、学歴や職歴、あとは受賞歴とその他の著作があるだけだ。レーベルやジャンルにも依るのだろうけど、少なくとも純文学系は概ねこんな感じである。現役作家なのでその評価を安易には断定出来ないとはいえ、これまでの作品名がずらっと羅列されてるばかりの略歴というのはどうも面白味がない。作品数=略歴なので、新人作家はひたすらに短く、ベテラン作家はひたすらに長い。

 カバー袖の略歴にとって、文学賞の受賞歴というのは最も重要な情報である。キャリアのある作家ともなるとその受賞歴が余すことなく徹底的にみっちりと書き連ねられ、そして受賞歴のない作品は全て尽く「他の著作」に送られてしまう。純文学作家の経歴とはすなわち文学賞の受賞歴であり、話題作とか出世作とかそういうものは特に考慮しない。そして前回述べたように芥川賞以外の純文学賞はそんなに注目度が高くないので、え、この作家さん、いつの間にこんな文学賞稼いでたの? みたいに驚くこともある。

 このカバー袖の詰まらない作品名の羅列を眺める度に考えてしまうのだ。この作家の「代表作」は、一体どれなだろう? 代表作というのは、大雑把に定義するなら、特に高い評価を受けた作品、或いは特に知名度の高い作品のことである。評価や知名度というのは可視化出来るものではないから、その選定には議論があるだろうけど、兎も角その作家において特に読まれるべき作品である。海外の作家の略歴の場合は略歴に挙げられているのは「主な作品」である。「主な受賞歴」なんかではない。

 既に現代での評価が固まっており、そもそも当時そんなに文学賞なんてなかったであろう近代作家ならば「主な作品」さえ挙げていけば済む。しかし現代の文壇には、世間の注目度は高くないのに、絶対に経歴には載せておかなきゃならない権威のある文学賞はやたらとある。現代の作家の歴史は、評価の高い出世作とか知名度の高い話題作とかではなく、権威ある文学賞の受賞作(或いは文学賞の受賞数)によって「代表」されてしまうのである。

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