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芥川賞のあと


 日本で一番権威ある純文学賞は芥川賞、という不思議な空気がある。権威なんて空気が産むものだと考えれば、確かに芥川賞が一番の権威なのだろうが、御存じの通り芥川賞というのは「新人」の「中短編」作品を対象とした非常に範囲の狭い文学賞なのである。なので別にその年の国内で最良の文学作品として選ばれるような類いのものではない。その形式上、大手純文学新人賞の受賞作がそのままノミネートされて受賞というケースも良くあるのだけど、じゃあ「この新人賞受賞作は芥川賞に一番近いぞ!」という具合に世間が盛り上がったりするわけでもない。何故か芥川賞「だけ」が極端に話題になる。

 海外においては、イギリスならブッカー賞、アメリカなら全米図書賞やピューリッツァー賞、フランスならゴングール賞のように、その年で最良の文学作品を選出する「最も権威ある文学賞」がある。じゃあ日本では、その年で最良の文学作品に与えられる文学賞といえば、なんだ? 谷崎潤一郎賞か? 野間文芸賞か? 読売文学賞か? 毎日出版文化賞だろうか? しかし一体ここに挙げた文学賞の受賞作を毎年チェックしてる人間がどれだけいるだろう。そもそもこれ等の文学賞の存在を知っている一般人がどれだけいる?

 今年の谷崎潤一郎賞受賞作! と掲げても、その権威は一般人には全然伝わらない。だから、世間一般において日本の純文学は芥川賞「だけ」を中心に回っている。芥川賞以後に注目を集める権威ある純文学賞がないので、むしろ「芥川賞に落ちまくって何度も候補になる」ことが一番効果的に世間に名前を広める方法になってしまっていたりする。芥川賞以上の注目を集めるには、それこそもう海外の文学賞にノミネートされるしかない。谷崎潤一郎賞受賞ではその凄さは全然分からないが、全米図書賞翻訳部門受賞というニュースには途端にみんな喰い付いてくる。国内で誰が評価されてるのかは知らんが、海外で評価されてるならきっと偉い。

 純文学というのは、なんか響きは偉そうだけど実際に誰がどれぐらい偉いのかみんな良く知らない、という奇妙なカテゴリーである。読まれない、売れない、なんてどころじゃなくて、芥川賞以外のことについては「何も知らない」のだ。そしてそれが当然になってしまっている。

 だから私は、売りたい本を売るのが目的です! と堂々と宣言してる本屋大賞にはとても好感を持っている。目的が明確だし、その目的をちゃんと達成している。偉い。

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