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ココアにマシマロ ~ココア屋のとある日~ 【物語】

 廊下の奥から、扉を開く気配とこちらに歩いてくる靴音が聞こえてくる。
 さて、今日はどんなお客が迷い込んできたかな?キャビネットにあるレコードを選びながら、良きタイミングで「いらっしゃい」と振り返る。

「なんだ、姉さんじゃないかぁ~」
「あら、いまの言い方、『サザエさん』のカツオみたいだったわよ」
「なに?またパート脱け出して来たの?」
「やぁねえ、正規の休憩時間よ。それより、なんか飲ませてちょうだい」

「うちの店、ココアしか提供しておりません」
「馬鹿なこと言ってないで!アイスティー淹れて!」

 食い気味で押しきられた。くそぅっ…50過ぎてもこの人には頭が上がらない。

 姉は駅前百貨店のレストラン階にある“占いコーナー”で、占い師のパートをしている。
 今は平日の昼で、この時間帯はまだ全然お客が来ないらしい。占い師をしているときは『若山ジュリエット』と名乗っている。…ジュリエットねぇ。

 ココア屋としてのポリシーに反するが、彼女には逆らえないので、私は渋々冷蔵庫からアールグレイのアイスティーを取り出しグラスに注いだ。
 それを一気に飲み干し、早くも指でクイクイッと合図しながらおかわりを要求する姉。

「ほら、追加のマシマロ持ってきたわよ。“キッカケのおまじない”もかけてあるから」
「おお!かたじけない」

 姉は魔女の末裔である。
 うちの家系がそういう血すじなのだ。遠い祖先は北欧の国から移住してきた魔女一族との言い伝えが我が家にはある。
 その魔女の血すじの為せるわざなのか、若山ジュリエットの占いは、当たる。しかし、当てすぎないことも大事と心得、姉は “絶妙のさじ加減” で相手に鑑定結果を告げるようにしているそうだ。

「だって、全部知っちゃったら怠けるでしょ?それに、知らない方が幸せなことだってたくさんあるのよ?全てを言い当てることは、そりゃ、占い師としてはカリスマ性を誇示できて評判にもなるだろうけどさ。必ずしもその人のためにならないことは、言わぬが花。知らぬが仏」

 とはいえ、弟である私には、言葉を選ばすビシバシものを言う。

 嵐が去ったあとのココア屋には、駅前の賑やかさも届いてこない。深海の如く静まりかえっている。
 私はBOØWYの『わがままジュリエット』をかけながら、アイスティーのグラスを片付けた。やれやれである。

「さてと…」

 肩を回し、手首のスナップを念入りに確認する。私は日々の鍛練を怠らない。精神統一。
 5つあるカウンター席の奥から順に、5つのカップ&ソーサーをそれぞれへスライディングさせる。寸分の狂いもなく、各席のお客の目の前に届くようにと。

 木目が浮き出たこのカウンターテーブルの上で、ココアの入ったカップ&ソーサーを滑らせることは至難の業だが、私にはハッキリと軌道が見えている。
 ここにはテーブルの端から端を貫くレールのような木目が存在していて、私はそのコースを完全に把握しているのだ。
 そして、例によってその木目には、姉のおまじないがかけられている。“ホッとするおまじない”、“元気が出るおまじない”人によって作用は異なるが、何かしらの良い影響が贈られる。

 最後に彼らの背中押すために、先ほど姉から支給されたマシマロが重要な役割を果たす。
“一歩踏み出すキッカケのおまじない”だ。
 
 一言におまじないおまじないと言うけれど、おまじないを侮ってはいけない。
 神社で売られている御守りにも、寺院で授けられる御札にも、必ずご祈祷が施され、手にした人々の願いを受け止めて叶えるように、我が家に伝わる魔女のおまじないにもちゃんと効果はある。
 それに、私は魔女にはなれなかったが、幾分か勘が働く。

 ほら、今度こそお客が来たようだ。扉のノブに手を掛ける気配がした。

 お客さん、どうやら恋をしているな。どれ、スカッとする情熱的でカッコいい恋の歌でもお届けしようか。少年隊の『仮面舞踏会』のレコードを、キャビネットから選んで引き抜く。

 廊下から姿を見せた彼女に「いらっしゃい」と良きタイミングで声をかける。
 ふうむ…恋、だけじゃない何かを感じるぞ。消えない心の傷を抱えているようだ。でも、大丈夫。きっとこの店を出る頃には、入る前よりずっと素敵なことになっているからね。

 不安げに一番端っこの席に座るあの子へ、渾身のスライディングをお見舞いだ。大丈夫、きみの恋は実る!

つつつーっ)))

「うちの店、ココアしか提供しておりません」



~ fin ~


この物語は、前作『北風ココア』のスピンオフになっております☕

⭐️ピリカさんが、『北風ココア』に登場する佃煮くんの、キュンとする素敵な詩を書いてくださいました!🎵

https://note.com/saori0717/n/n335621b72597

『秋の風がいうことには~佃煮くんのひとりごと』

のコメント欄で、“マスターの1日”的なスピンオフなんてどう?という胸キュンなお言葉を見つけ、舞い上がって書かせていただきました😊💕↑リンクが画像になって出てこず、申し訳ありません💦
ありがとうございました🙇🎶

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