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UNTITLED REVIEW|カルエルの苦悩

ギフテッドと呼ばれる生まれながらにして秀でた才能を持つ子供たちの、自分を抑圧して生きる苦しさをいつかのテレビが報じていた。でも、この世界には生きていく途上で期せずしてもたらされる周囲との力の隔たりに戸惑う者も意外に多いんじゃないか? そんなことを考えながら僕は生きている。この推量の論拠が私的な経験則というところがあまりにも心許ないし、今の僕の書く力では文字に起こすと偉そうになるか自意識過剰に見えるか又はその両方なので具体的事例の記述をここでは控えたい。

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なぜ、スーパーマンは鳥のように空を飛び、倒壊寸前の高層ビルを受け止めるほどの大きな力を持つのか? 子供の頃に読んだマンガの登場人物がその理由を解説していたのをなんとなく憶えている。いわゆるスーパーマンとは地球人が付けた愛称だ。本名は「カル・エル」。生まれ故郷の惑星クリプトンの重力が地球よりもはるかに強いために彼はこの星の重力に逆らえる。確かそんなことを言っていた。NASAの宇宙飛行士が地球の約6分の1しかない月の表面をウサギのように飛び跳ねていた姿をイメージするとわかりやすい。彼らもまた、地球という母なる大地に戻れば、重力に囚われた《ただの人》でしかない。

ある小説家の作品を貪るように読み耽った時期があった。その後の嗜好が変化したこともあり、本棚の一角を占有していたこの小説家の作品すべてを処分することにしたのだけれど、今も僕の本棚に唯一残る本がある。正確には、一度は処分したが後日あらためて買った。この作品には、持てる力のコントロールの重要性、あるいは自らの力が他人を縛るという事実に対する責任と覚悟について深く考えさせられる。図らずも生じた周りとの力の差に悩んでいた時期に再び読みたくなった。

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主人公は小学四年生の少年。ある日、彼の通う小学校で陰惨な事件が起きる。その第一発見者となった幼なじみの少女はショックのあまり心を閉ざし、言葉までも失ってしまう。犯人は都内の大学に通う医学生。ただ、この男が危害を加えた対象を考えれば現行法のもとで重刑を課せられることはまずなかった。友だちの大切なもののみならず彼女の心まで壊した犯人。そんな男が少しの間だけおとなしくしていれば何事もなかったかのように平然と日常生活に戻れる。そのことが主人公の少年には許せなかった。一般的な小学四年生の男の子であればここで自らの無力さを嘆くことしかできないだろう。だが主人公の少年は違った。彼には他の人にはない不思議な力があった。その力を使って犯人と面会する機会を作ったと悟った少年の母親は、彼と同じ力を持つ大学教授である叔父に師事することを薦める。ここから始まる濃密な七日間の物語。

大学を訪れた当初こそ、少年の叔父にあたる教授は、不思議な力の法則性や規則性の指導に時間を割くが、次第に二人の議論は命の重さに違いはあるのか?や悪意に対する懲罰の許容範囲など。復讐という行為の正当性の検証に論点が収斂してゆく。最終的に少年が導き出した犯人への罰。その内容と彼の覚悟に驚かされる。彼が下した決断は到底賛成できるものではないがその気持ちは嫌いではない。この小説は、単なる復讐劇でもなければ善が悪を討てば終わりの勧善懲悪の物語とも違う。読み手それぞれの心にある正義や自分以外の命に対する価値観が試されている。

現在、季刊発行の会員限定小説誌に、この物語の続編が連載中らしい。新刊本として世の中に出てくる日のことが今から楽しみでしかたがない。

The key to the title





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