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UNTITLED REVIEW|雨降る日の短編

太陽の光をプリズムに通せば七色の虹に分かれるということを小学校の理科の授業で教わった。もっと精度の高い測定機器を使って分光すれば色と色の隙間に黒い線が現れる。黒くなる理由はそこにあるはずの光を原子が吸収するから。原子の種類によって吸収する光の波長が異なるので、黒くなった波長を調べれば、それだけで太陽の表面に存在する原子が何であるかがわかる。何もないはずのところに存在する本質。どこか示唆的なこの事実に僕は惹かれる。

小説などを読む際、文章では直接表現されていない筆者の真意を汲みとることを「行間を読む」と言うが、ある意味ではこの行為も太陽光を分光したときに現れる黒い線の正体を調べているようなものである。その隙間に何があるのだろう?と想いを巡らすことが小説を読む醍醐味であり、面白さでもあると僕なんかは思う。もしかするとそこには何もないのかもしれないし、作者が意図する以上のことを見出してしまう場合もあるかもしれない。でも元々が想像の産物なのだから、それはそれでいいんじゃないかと考えたりもする。

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近頃は、イントロダクションで物語の世界観や主人公の性格を概ね明らかにして、ある程度初めから、面白いですよ!っていう雰囲気を出してくる無粋な小説が増えた気がしてならない。昔の小説には何を言わんとするかはおぼろげながら、どこか詩篇のような趣きの美しい書き出しで始まる作品がもっと多かったように思う。まだ眠りから覚めない街の東の空が、徐々に白んでくるような物語の始まりを持つ作品。

僕がこれまでに読んだ本の中で最も印象的で美しい書き出しだと思う短編小説がある。その物語は街の喧騒を逃れた男二人がバーで酒を酌み交わしながら、水中を走る荷電粒子が光の速度を超えるときに放つ光について静かに語らう場面から始まる。書店で平積みされていた本書を一冊手に取って、最初のページに視線を落とした瞬間、今まで目にしたことのない美しい抒情的表現と、適度に抑制を効かせた登場人物たちの振る舞いに僕はたちまち魅了された。

バーで話し込んでいた彼らはその後、ある種の共犯関係に至るが、そこにボニー&クライドの破滅的な青春を描いた映画『俺たちに明日はない』のような悲壮感は微塵もなく、終始どこか浮世離れしている。そこがまた美しくもあった。総頁数は百枚にも満たない。なすべきことを持たずに一日を迎え、目の前に立ちふさがる不可視の塊である時間をつぶす必要性が生じた時に、僕は自室の書棚からこの本をそれとなく取り出し、過ぎゆく時間に身を委ねながら読み返す。例えば雨降る憂鬱な日曜などに。そして、今日がそんな日だった。

The key to the title







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