【パロディ】東海道中膝栗毛_發端(9/9)
凄む弥次さんの圧に屈することなく、芋七は答えます。
「『騙した』って、どういうこと?」
「『どういうこと?』だって? よくそんなことが言えるな?! 卑劣な詐欺師どもめ!」
どうでもいい話ですが、僕は “詐欺師” と言われると、褒め言葉を向けられたように感じ、ちょっと嬉しくなってしまいます。
ところが、芋七にとっては違うようで、弥次さんにそう言われた瞬間、彼は突然怒り狂い、なんと弥次さんに掴みかかって、そのまま彼をねじ伏せてしまいました。
信じられません。
原典にもイタリア語訳版にも芋七のスペックは記載されていませんでしたが、身長193cm、体重100㎏近い大男をねじ伏せる者など、リアル弥次さんとの付き合いは かれこれ10年以上になりますが、未だかつて見たことがありません。
北八の身が案じられますが、三人はさらに激しく取っ組み合いのけんかを続け、騒ぎを聞きつけた近所の人たちが集まり始めた頃、ようやく北八が、衣装ケースの中で苦しみのあまり のたうち回っていたつぼちゃんが大人しくなっていることに気づきました。
「つぼちゃん...?」
北八は、恐る恐る衣装ケースに歩み寄り、胎に自分の子どもを宿した彼女の名前を呼びます。しかし、返事はありません。
まだ組んずほぐれつの大乱闘を繰り広げている弥次さんと芋七に向かって、
「ねぇ、二人とも、一旦ケンカやめてよ!」と声を荒げ、
「芋七、ちょっと、こっち来て」と、続けます。
芋七は、寸刻 弥次さんと睨み合ったのち、北八の元へ向かい、衣装ケースをのぞき込みました。
北八は、芋七とつぼちゃんを交互に見つめ、
「つぼちゃんが返事をしないんだ... 動かないし... どうしたんだろう?」と狼狽を露わにします。
芋七は、つぼちゃんを見つめたまま、
「意識を失っているな」と、答え、
「弥次さん、水、持って来て」と、冷静に指示を飛ばします。
芋七の言う通り、キッチンへミネラルウォーターのボトルを取りに行く、弥次さん。
北八は、
「つぼちゃん! つぼちゃん!」と、泣き出してしまいました。
それから、三人は誠心誠意つぼちゃんを介抱し、騒ぎを聞いて集まってきた人達が医者を呼んでくれたのですが、その甲斐なく、駆けつけた医師は つぼちゃんの容体を確認し、静かに首を横に振ったのでした。
その後、一同は秒でつぼちゃんの葬儀を終え、喉元過ぎれば一瞬で熱さを忘れる北八は、すっかり元気になって言いました。
「じゃぁ僕、そろそろ帰るわ。昨日の夜中に抜け出して、そのまま帰ってないから... ボスに見つかるとまずいんだ。悪いけど、あとはよろしくね」
北八が、踵を返しつつ弥次さんと芋七に手を振った、ちょうどそのとき。北八の同僚・与九八が、こちらに向かって走ってきたのです。
芋七、北八、与九八って... 一体どういうネーミングセンスなのでしょう。
「北八! やっと見つけた。ここにいたのか!」
与九八はそう言いながら北八に駆け寄り、続けます。
「今朝、店の主人が亡くなった」
それを聞いた北八は、口角を上げ、デスノートの夜神月よろしく言いました。
「Tutto secondo i miei piani」
苦節10年!
自他共に認める年上キラーのこの僕が、ありとあらゆる人心掌握術を駆使して彼女の心を我がものとし、彼の死だけが夢の銀翼に浮力を与え、大空へ飛び立たせることができるのだ。
時は来た。
これでボスの嫁は僕のものだ。店に戻れば、僕は喜びに震える身を喪服に包んだ彼女の熱い抱擁をもって迎えられるだろう。
北八くん、邪魔者はついにいなくなったわ! さぁ、私と結婚してちょうだい。そして今この瞬間から、あなたがこの店の主人よ、ってね!
北八を妄想の世界から引きずり出すように、与九八が続けます。
「それで、女将さんが言うにはね...」
「お、なになに?」
「君、クビだって」
「...は?」
「女将さんが言ったこと、そのまま伝えるね。『北八は卑劣な人間だわ。主人がいなくなれば尚更、私を女だと侮って、全く言うことを聞かなくなるでしょう。そうなる前に、速攻、彼を保護者の元へ返すことにします』だって。それで俺、ここへ来たんだよ。君、女将さんによっぽど酷いことをしたんだろうね... それから、こうも言ってたよ。『あいつ、マジでキモい。あの厚かましい面を見かけるかもしれないと思っただけで吐き気がするから、ガチで7里は離れた場所で暮らして欲しいんだけど!』 ...あ、すみません、あなたが弥次郎兵衛さんですね? そういうわけですから、北八をお返しします」
「わかりました。北八、おかえり」
「Porca miseria! なんでこんなことに...」
「...全部君が悪いんだろ。さて、と。君が何をしでかしたか、ご近所中に触れ回ろ―――っと!」
「えっ? おい、ばか、やめろ! ねぇ、ちょっと待って、謝るから! ねぇってば!」
...その日の夜。奥さんを追い出してしまった弥次さんと、10年間の奉公を終え、再び弥次さんの元へ戻ってきた北八が、チェスを指しながら話をしています。
「また二人になったね」
弥次さんが、北八のナイトを取りながら言いました。
「こんなはずじゃなかったのに...」
「まぁ、元気だしなよ。ねぇ、失業して自由の身になったわけだし、この家を引き払って旅にでも出ない?」
「お、いいねぇ。賛成! で、どこに行く?」
「伊勢参りなんかどうだろう。君は懺悔をして、神に許しを請うたほうがいいと思うんだ」
「...どういう意味だよ」
こうして、二人は神田八丁堀の借家で、近所の友達に借金をしながら その年を越し、翌年二月の半ばになると、伊勢神宮を目指し、東海道を歩き始めたのでした。
道中膝栗毛發端 了