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【パロディ】東海道中膝栗毛_發端(5/9)

床に転がる刀を見つめていた侍は、視線を弥次さんに向け、言いました。
「俺の演技、どうだった?」

弥次さんは侍と目を合わせ、満足そうに口角を上げてから口を開きます。
「最高だったよ。駿河なまりも完璧で、驚いちゃった。出で立ちなんか、マフィア...じゃなかった、田舎侍そのものだしね。君を振り売りにしておくのは惜しいよ、芋七いもしち

芋七いもしちって、すげぇ名前だな...と思いつつ、まずは “振り売り” という職業についてご説明しておきましょう。
『カゴや木桶などを前後に取り付けた天秤棒を振り担いで、商品やサービスを売り歩く』人のことを “振り売り” というのだそうです。(Wikipedia調べ)

さて、それでは本題の “芋七” という名前について、あれこれ述べていきましょう。
名前の一部が “イモ” っていうのは、ちょっとひどくない? と平成中期生まれの僕は思ってしまうのですが、もしかしたら、江戸時代においてはそうではなかったのかもしれません。
また、場所にもよるでしょう。僕が住む横浜では、“イモ” は、垢抜けないものを形容するときに使われることが多いのですが、江戸ではかっこいいものの象徴なのかもしれません。
ちなみに、イタリアにおいて、「君ってジャガイモみたいだね!*」は、「君はとてもセクシーだね」という意味なのです。
(*品のいい表現ではありませんので、実際に使用することはお控えください。)

余計な話をしていたら、ストーリーが全然進んでいない (原典でいうと、約3行しか進んでいません) にも関わらず、すでに500文字を超えてしまいました。そろそろ本編に戻りましょう。

弥次さんは、芋七からたこちゃんに視線を移し、再び口を開きます。
「それに、我らがpatataジャガイモ、たこちゃんによる田舎娘の演技も絶妙だったよ」

あら、それはどうも、と社交辞令的に微笑むたこちゃんの横で、今度は芋七が声を上げました。
「でも、弥次さんさぁ、俺の役名、言い間違えただろ。最初兵太座衛門ひょうたざえもんって言ったのに、二回目兵五座衛門ひょうござえもんって言ってたよ」

「あれ? そうだった? ごめん、ごめん... で、正解はどっちなんだっけ?」

「え? 忘れちゃった...」

「...演じた本人も覚えていないのに、俺が覚えられるわけないよね。だから最初に『もっと簡単な名前にしよう』って言ったのに、君ときたら、『難しくて長い名前の方がかっこいい!』って譲らないから...」

「だって俺、本名 “芋七” だよ? 役名くらい好きにさせてくれたっていいじゃん。”弥次郎兵衛やじろべえ” なんて、長くて画数が多い、かっこいい名前が本名の弥次さんには、俺の気持ちなんか分からないんだ」

「君はばかだな。名前がかっこいいんじゃなくて、俺自身がかっこいいんだよ。だから名前もかっこよく見えるんだ」

そう言う弥次さんに向かって、芋七が再び口を開こうとした、そのとき。くだらねぇ会話にしびれを切らしたたこちゃんが、
「ねぇ、私、もう帰ってもいいかしら?」と少し苛立たしげに口を挟みました。

二人は同時にはっとして、揃ってたこちゃんを見つめます。そして弥次さんが、
「あ、うん。時間取らせて、悪かったね。協力してくれてありがとう」と口ごもると、たこちゃんは、
「お役に立ててよかったわ。ごめんなさいね。私、これから仕事で忙しいものだから... それじゃ、芋七さん、またお待ちしてますわ。次にお会いしたときは売掛のお支払をお願いしますね」と、言い残し、去っていきました。

たこちゃんの姿が見えなくなると、弥次さんは芋七に言いました。
「君、相変わらずツケ払いで遊んでるのか」

「まぁ、その話は置いておくとして... うまく奥さんを追い出せてよかったな!」

「あぁ。君たちが俺の狂言に協力してくれたおかげだよ。ふつちゃんは... 尽くしてくれるんだけど、ちょっと束縛がきつくてさ、前から別れたいと思ってたんだよね。まぁ、一番の理由は金が必要だからなんだけど... 君にこのことを話して、本当によかったよ。まさか、君の知り合いのご隠居さんが若くてかわいいメイドに手を出した挙句妊娠させちゃって、家族にバレたらヤバいから15両の持参金をつけてお腹の子もろとも、秘密裏にメイドを片付けたいなんて...願ってもない話だ。でも、俺に奥さんがいたんじゃ、彼女を嫁にもらえないからね。そこで、この狂言を計画したわけだけれど、うまく離婚できて、本当によかったよ。ところで、持参金はいつもらえるんだろう? 早い方がいいんだけど...」

「急いでるのは相手方も同じでさ、あんまりのんびりしてると先に子供が産まれちゃうじゃん? だから、彼女、今夜遅くにはここへ来るはずだよ」