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【短編小説】ポイント還元

インターネット通販は便利だ。

なんといっても助かるのは実店舗に行かなくてもいい点じゃなかろうか。

ファッション通販サイトなら洒落た店に意気込んで入らなくても、洒落た店の商品が購入できる。普段行かないような洋服屋はもちろんのこと、馴染みのないアクセサリーや小物などの商品も気兼ねなく手に入る。

無論、大半のお店ではリラックスして買い物できるが、あまり縁のない店にいい商品があるとなった場合、過度な緊張をしてしまうのでインターネット通販の「出向かなくていい」面で私は非常に助かる。


ある日、ファッション通販サイトからこんなメールが届いた。

『お持ちのアイテムをポイントと交換しませんか?』

「ポイントねぇ……」

たしかに、注文したっきり持ち腐れにするよりかはポイントと交換した方が実利的にもいい。妙に納得させられ、誘導されるようにメールのリンクをクリックする。

特別キャンペーン!ポイント最大500倍交換!

「500倍」

思わず声に出してしまった。

ポイントを利用すると、最低でも500ポイント獲得できる。そのまま円換算で使えるものが最大で25万まで膨れ上がる。

瞬時にゲンキンな思考を働かせながらも「詳細はこちら」の上にカーソルは移動していた。

開いたページは黒と金を基調に配色されている。そんなゴージャスさとは裏腹に、記載されている内容は非常に簡素だった。

お持ちのアイテムと思い出をポイントに交換していただくだけ!なんと最大で500倍のポイント進呈!

下にキャンペーンの説明がある。

①お持ちのアイテムにまつわる思い出もポイントに交換
②思い出の内容をシステムが評価して倍率を算出
③最大で500倍のポイントを進呈
(※送信いただいた思い出はお返しできません)

部屋のクローゼットの奥の奥にずっと放置してあるのもたまに目につくし邪魔くさい。これに関して自分が少し失敗してしまったことも、ポイントに還元できると考えれば理にかなっている。


高価過ぎても気を使わせるし安物でもダメだ。アクセサリーが好きだったはずだからきっと喜んでくれるはず。近くに実店舗はなかったからよく悩んで決めた。クリスマスのプレゼントとして。いつも迷惑ばかりかけているから感謝する機会としても。

ペアリング。

なぜそれが今もまだ自分の部屋にほぼ新品同然の状態であるのか、お察し。その事実はすべてを物語る。


「ちょっと色々混乱してて一旦落ち着かせて」
「わかった、ごめん」

静かに、けれど大きく泣き始めた彼女を前に自分は慌てふためくことしかできなかった。

喧嘩とも言えないほど小さな衝突を繰り返していた。素直になりきれない、冷戦。意地の張り合いで関係は冷え切ってしまいつつあった。

このプレゼントはこれまでの謝意を伝えるきっかけになるはずだったが、予期せぬ動揺を引き起こしてしまったようだ。

サプライズは大失敗、大失態だ。

棘にもならないささくれ。それが増えた関係はいたるところが破れ、千切れ、欠けてしまっていた。このまま一緒にいてもただ不幸にしてしまう。

半年間ほど冷め切った期間の後に別れた。

思えば彼女はあの時すでに見切りをつけていた。だからその後もリングを受け取ることはなかった。うやむやになって保留のままにかき消えた、上向きで噴射された霧吹きのような記憶。やるせないだけの残留物。

「いつまでも持ってられないし、引きずってもいられないからな」

クローゼットの奥から箱を取り出して、一応中身の状態を確認した。肌の弱い彼女に合わせて選んだ低アレルゲン金属素材の輪っか。つまらなそうな鈍い色をしている。


プリントアウトした専用の用紙に商品にまつわる思い出を規定の文字数で書き上げ、それをパッケージに同封する。ウェブサイトから指定された手順で送る。

しかし、結構な文量を要求されるんだな。かさ増しであれこれと書き加えてようやくの量だ。しかも手書きときた。腕と手の普段動かさない箇所が痛む。

「うまい話には裏がある」というが、まさしくこれはうまい話の裏側だ。

発送から翌々日に『交換完了』のメールが届いた。


【交換完了をお知らせします】
思い出交換キャンペーンによる取得ポイント:
63,000 pts
評価算出倍率:
126倍
ご利用ありがとうございました。


あっさりしたもんだな。500倍の半分にもならなかったか。けれど、6万円も入るなら上等だろう。

それからというもの、てっきり記憶が部分的に抹消されるSFチックな展開の可能性を考えてもいたけれど、実際それはあまりに自然な忘却だった。

ゆるやかな曲線の下降。

まるで彼女に関することを思い出そうとするたび、視力が落ちていくようにぼんやりぼやけていく。今は声も顔も思い出せない。名前さえもすんなり出てこなくなった。

曇りガラスを何枚も重ねた向こう側から見ようとしている感覚で、情報のきめ細やかさがまったく失われてしまった。楽しかったり悲しかったりした記憶も均等に。

たしかにあったけれど、もうここにはない。

買った覚えのないネックレス、行ったことないテーマパークのキーホルダー、自分の趣味ではない服、丸文字で書かれた知らない手紙。

たしかにあったけれど、もうここにはない。

63,000円分のポイントだけはある。それだけの価値はあって、それだけの価値にしかならなかった。










































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