今の時代のリーダーシップ論その2~彼らは一歩前に出たくない!~
前回のおさらい
そんなこんなで前回も書いたように、令和の十代にとってリーダー職は「貧乏くじ」であるみたい。
さてそんな彼らにリーダーシップを教えなければならなくなった私は、とりあえずゴールを設定することにした。
ゴールは「社会に出た際に、周りから自然と頼られる人間になる」である。
だろうね!
と叫ばれたかもしれないが、一応それぞれ意味がありまして、まぁおききくだされ。
「社会に出た際に」とは
「社会に出た際に」とは、学校社会のなかでのリーダーシップは度外視していますよと言う意味だ。
学校社会と言う場所は、リーダーシップを発揮するにはあまりにも特殊すぎる。
まず集団が同じ方向を見ていない(部活の強豪校などは例外)。彼らは営利活動をしているわけではないので、個々の目的がバラバラ。
部活をやりに来ているものもいれば、勉強しに来ているものもいれば、女の子とおしゃべりしに来ているものもいれば、寝に来ているものもいる。こんな集団は大人だって統制するのが難しい。
委員会や部活など「プチリーダーシップ体験」として使う分には止めはしないが、そこでの活躍は目的としていない。
「周りから自然と頼られる」とは
「周りから自然と頼られる」とは、自分から押し売りをしないと言う意味だ。
能力も人望もないのに、目立ちたい・認められたいという欲求だけでリーダーになりたがる人物を育てたくない。
そもそもそんな人物は絶滅危惧種だが、そんなやつしかリーダーになりたがらないので、先生たちはこんな生徒にリーダーをやらせがち。
これが生徒たちの歪んだリーダー像を構築するのに一役買っているような気もする。
そもそも令和の十代に「自ら進んで一歩前に出るリーダーになれ!」と言ったところで、響かない。それは頑張れば給料が上がった時代の論理である。
令和を生きる彼らは、はっきりと「一歩前に出たくない」のだ。
なので自ら押し売りはしないが、能力と人徳と洞察力があるので、自然と周りから求められる人物を目標像として設定している。
ということは①能力と②人徳と③洞察力を身に付けさせなければならないわけだ。
さてお次はどうやってこんなリーダーを育てていくかだが、長くなるのでまた次回。
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