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初春歌舞伎公演 2024/01/26

※役者さんが呼び捨てだったりさん付けだったり、人によって違いますが、それは区別をしているわけじゃなくて、普段から何故かそうなってるだけで、他意はありません。同じ人でもいろんな呼び方する時があります。みんな大好きです。

音羽屋さんの1月は毎年国立劇場で、今年は、国立劇場が一度閉まって、初台にある新国立劇場での公演に。
しかし私は、1月の国立にはほとんど行ったことがない。
だって歌舞伎座も浅草も、歌舞伎以外の何かも、などが重なると、もう時間もお財布も自分の体も余裕がなくて、全然行けないのだ・・・

そんな中で、今年は結果行った!
何故なら、梅枝様の葛の葉の評判がどえらい良かったので、それを観ないで済むのか?いや済まない!という勢い。
音羽屋贔屓の友人にも煽られましたw
「お財布と時間を取るのか、葛の葉の梅枝を観ないで後悔するのか・・・w」

何度も国立のチケットサイトを開いて、座席の空きを確認し、どうしよう、どうしよう、と購入直前までいっては止め、を繰り返しているうち、戻りがあったんでしょうか、通路最前列の観やすい席が急にぽこっと。
これはもう、梅枝様が観においで、と仰っているに違いない!(勘違い)
仕事も、1つ邪魔な時間帯に入っていた会議もなくなり、全ての環境が、行け、と言ってましたw


梶原平三誉石切

期待半分、期待しない半分、で観た演目。
結果、めちゃくちゃ良くて、目当ての葛の葉を観る前なのに、観にきて良かった!!!と心から思った。

吉右衛門様の数多くの当たり役のうちの1つ、それを菊之助が演じる。
いつかまた演じる時のために、と吉右衛門様が発注されていたが、使われることなくなってしまった小道具を、菊之助がお借りして演じた、ということからも、リスペクトが伺えるし、継承しようとする心が感じられて、それだけで泣ける。
菊之助は本当に丁寧に、吉右衛門様がやられていたことをなぞる、というか、お勉強されていて、先人のされていたことを素直に受け入れ、それでいて真似ではない、菊之助の梶原、を体現しているので、惚れ惚れしました。
吉右衛門様のようにやろう、としているのではなくて、端々から吉右衛門様が溢れてくるのですよ。
「あ!今のところ」とかっていう、本当に瞬間的な煌めきとして、吉右衛門様を感じる。

浅草の切られ与三をやっていた隼人との違いを、この時にとても感じてしまった。
隼人はにざ様に習ったそうだけど、にざ様のトレースになっていて、自分のものにはなってなかったのよね。
年代も違えば、当然力量も違うので、それが差として出ていた、というのは当たり前なのかもしれないけど、自分のものにしている菊之助を見ると、この人はこういうお役もできたんだなぁ、と。

菊之助は演技に”味”が出てきた、と思う。
完全に個人の感想だけど、昔観ていた時は、所在なさげに佇むお顔の綺麗な人、というだけの印象だった(失礼)。
今は、なんか噛めば噛むだけ味の出る演技をするようになったな、と(何様)
やはり、たま様から歌の歌詞の意味をとらえて踊る、とか、吉右衛門様から役の性根を掴む、とか、そういうことを教えていただいた賜物なんだと思った。
そしてきっとこの人は素直にまっすぐに吸収するんだよね、それを。
カタチは親父様から教えていただいた素晴らしい基礎があるから、そこに乗っかって、花開いた、というような感じじゃないだろうか。
ずっと音羽屋を観ているわけじゃない私でも、そういうことを感じるのだから、ずっと観ている贔屓の方にとっては、たまらないんじゃないか、と思った。

幸四郎さんも吉右衛門様が出てくるけど、出方がちょっと違うのよね。
二人とも、吉右衛門様リスペクトで大好きでおられるけど、幸四郎さんの場合は血縁でもあるし、そもそも声色でめっちゃ似ている時があって、それはもう似せようとしているのではなく、まろっと出てしまう感じ。教えていただいたんだろうな、ということが、本当に一瞬、憑依ぽい感じで現れる。
菊之助の場合は、きっちり教えていただいたことをベースにして、自分の演技をしている中で、シンクロして吉右衛門様が溢れ出る感じ。
結果、どっちも好き❤️
後輩たちに、それだけ残していった吉右衛門様の演技が、もう生で観られないのは、本当に残念だけど・・・

菊之助のことばかり書きすぎたけど、萬ちゃんもとても良かった!
赤っ面が板についてきました?ああいうお役を正面からきっちり演じられる若手って、少ない気がするので、とても貴重なんじゃないか、と思います。
彦三郎さんは相変わらずお声が素敵で・・・もちろん、お声だけじゃなくて、敵役としての存在感の大きさは抜群で、なんなら彦三郎さんに初台の舞台は狭かったわ。
(というか、音羽屋全体に対して、初台狭いw)
そして梅枝様。娘もいいですね、ととさんの命乞いをするところ、下手だと飽きてしまうシーンだと思うのですが、全く飽きずに素晴らしかった。
娘のニオイ、青さ、みたいなものがしっかりあって、次の葛の葉とは全然雰囲気が違うので、すごいなぁ、と思うことしきり。

蘆屋道満大内鑑

もはや梅枝様を観るための演目にしか思えなかった!
年増(って言っていいのか?)と姫を早替えで演じ分けてて、1日でこんなにたくさんの梅枝様を観れるなんて・・・ありがたやありがたや🙏
大人の女のニオイ、空気、多分、体の使い方が違う、と思われる。
意識して使い分けている、と思いますが、そもそもそれができるのがすごいよねぇ。女形の方は、みんな意識して使い分けているのかもしれないけど、梅枝様は、中でも体の使い方が上手な気がする。

そしてサラサラと筆で障子にお書きになる文字の美しいこと!!!
あれはなんで墨が垂れずに綺麗に書けてるの?紙がいいの?
右手で書き、子ども(後の晴明)が起きてきてしまったので、右手で子どもを抱き、今度は左手で書く。
だからその箇所だけ、鏡文字になってたのね!!
2023年4月歌舞伎座でかかった陰陽師の時に、なぜあそこだけ鏡文字なのか?って、疑問だったことが1年経って解消された瞬間!!!自分の中だけで、とても気持ちいい瞬間w
すっきり〜〜〜!!!
猿之助は、この題材もしっかり踏まえてあの場面を作っていたのか、と思うと、改めてすごいな、と思うばかり。
早く・・・帰ってきてくださいな・・・

そして最後は、子どもを両手で抱くので、その状態で、口に筆を咥えて書く・・・!!!
どゆこと?
なんでそんなことできるの?
歌舞伎役者って、本当になんでもできないといけないのね。あんなことまで求められて。
誰でもおやりになれるお役ではないね。

6月の時蔵襲名、もちろん通わねば。
今の時蔵さんが私にとっての時蔵さんではあるけど、時間をかけて、梅枝様が時蔵様に変わっていくのかな。

勢獅子門出初台

これはもうご褒美的に、賑やかなお祭り🎵
お子様たちが可愛くて、それぞれのキャラも垣間見えて良かった〜。

やっぱり丑之助様が、1つも2つも抜けている。
腰は一番低く落としてた。
丑之助様は、お芝居に入り込むよね。さらに、見せ方・魅せ方にすでに独自のこだわりを持っていて、これが綺麗に見える、かっこよく見える、とかそこまでわかって動いている。
菊之助と彦三郎さんの踊りを、後ろで座って見ている時も、彼だけ首が動いていて、つまり見ながら一緒に踊っているんだなぁ、と。好きなんだなぁ。
自分が確立されているところがあって、本当に末恐ろしい。
寿命的にはもちろん私のほうが早いので、自分が死ぬまで観続けたい役者の一人です。

恒例の手拭いまきは、アピールしないと飛んでこないですね。笑
下手前ブロック、最後列のお兄さんが、彦三郎さんに手を振ってアピールして、彦三郎さんはそこに目掛けて投げて、お兄さん見事キャッチ!!
お兄さん笑顔、彦三郎さんも笑顔、あの彦三郎さんの笑顔はプライスレス✨
上演中のスマホ鳴る問題、SNSで何度も苦言を呈されていたので、そんな中、あの笑顔を見ることができて良かった🥰

あと、本当にどうでもいい聞き間違いなんだけど、親父様のこと、「菊柱」「菊柱」ってみんなが言うから、なんでそんな人柱みたいな・・・って思ってたら、前述の煽ってきた友人が、「それ、菊頭やと思うわ・・・」って言ってくれた😂
なるほど、私の耳が悪かったwすみませんw


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