とりあえず、辞めた。そしてモリに会いに行く。
仕事を辞めた。
自分がこんな速さでこの決断をすることになるとは……予想していなかった。
いやだったことを文字に起こして反芻するのは趣味じゃない。
言えずにいた相談をした時、
「そんなとこ、すぐ辞めな」
と言ってくれた夫への「ありがとう」の気持ちだけ残しておきたい。
こんな体たらくではあるが、仕事はしたい。
(そういう気持ちが潰れないうちに出たのもある)
誰かをちょっとでも喜ばせて、それで、お金をいただきたい。
また前に進むために“すてき”を補充したい。
それで、熊谷守一を見に出かけた。
もう何年も前から本などで見ては「好きだー!」と思っていたくせに、こんな時になってやっと……だ。
住宅地を進むと、打ちっぱなしの壁に描かれた「赤蟻」のモチーフが見えてくる。
存在感はあるのにまわりに溶け込んでいる美術館! 目の前のアパートに住んでいる人が少しうらやましい。
1階には初期の作品や、「白猫」「縁側」「蟻」などの“モリといえば”なモチーフの油彩画が展示されている。
描く対象を大きくとらえる作風は、やはり愛おしい。
それとはちがう初期作品は、本で見ていた以上に荒かったり、なまめかしかったり。結婚前の秀子さん(妻)を描いた作品など、意外すぎてじっくり見てしまった。
2階は墨絵とクレパス画だ。
“モリは犬より気ままな猫を好んだ”という紹介があったが、2階には「犬」と「すわる猫」がそれぞれ展示されている。墨絵でも、やや猫のほうが気合いが入っているような気がする……。見比べて少し笑ってしまった。
そして、この日いちばん心惹かれたのはクレパス画の「日輪」だ。なんか、うれしい。気持ちがぬくもる。
常設展示作品の紹介は、二女・榧さんの言葉で語られているものが多い。
絵を説明するだけでなく、モリの人柄についても一緒に語っているようで、より、作品に感情移入しやすくなる。
“ちょっと変わったところもあるけど憎めない人がいて……”と、誰かに話したくなるような人が描いているから、どの作品も“遠くにある素敵”ではなく、“身近で親しみのあるすてき”に溢れているのだろう。
3階のギャラリーでは熊谷守一遺品展「モリのもの」を、開催していた。
この筆のエピソードが、なんだか好きだった。
小さな美術館だが、たっぷりモリに触れることができて、ほっこりした気持ちになった。
穏やかな気持ちで家に帰る。
夕方、子が部活から帰ると
「とりあえず、がんばりなよ」
と、ニヤニヤしながら応援してくれた。
く……
生意気なっ!
ぜったいに次の仕事見つけてやる!
とりあえず、すてきも補充したし、再・転活頑張ります。
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