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2022テキトー読書録#51-60


#51太宰治「海」(青空文庫)


  ものすごく短いメモのような断章。我が子に、海を見ずに死なせられないという思いが素敵だ。もし子供が生まれて、何か一つ体験させるとすればなんだろうか。



#52村上春樹『レキシントンの幽霊』(文春文庫)


 喪われてしまうものがある。忘れようとすることが多い。けれども彼らはそれを見つめ、それを見つめることで生じる微細な揺れを見逃さずに掬い取る。時間の流れと様々な変化のなかで揺蕩い輝く記憶のような、凍星のような短編たち。読む者の心にあたたかい虚空をもたらす短編たち。


#53吉行淳之介「原色の街」(新潮文庫)



#54山崎ナオコ―ラ『人のセックスを笑うな』(河出文庫)


 関係性は温度と相性が良い。年の離れたふたりを結ぶ形はいびつに見えてしまうけれど、それは誰にとってでもなく二人だけの形なのだ。価値観の差、世代の差、精神性の差にゆれながらも互いを想い合い、重ねられるものは体だけではなかったはずなのだ。




#55金原ひとみ『蛇にピアス』(集英社文庫)


 金原ひとみの強烈な感覚過敏は『AMEBIC』につながるモティーフだと思うのだが、本作では自傷と性愛が前景化する。刺青と舌ピアス。爛熟した性と生の奔流それ自体が、現代の物語から零れ落ちる声による手痛い復讐のように感じられる。読後に痛み、傷を残してゆく作品だと思う。ゼロ年代の性愛、村上龍の影響も色濃く認められる作品である。



#56スコット・フィッツジェラルド「氷の宮殿」(角川文庫)

#57菊池寛「海の勇者」「暴徒の子」

#58早助よう子「アパートメントに口あらば」(群像2022.4)



#59石沢麻衣『貝に続く場所にて』(講談社)


 李琴峰『彼岸花の咲く島』とともに芥川賞受賞作。2021年のゲッティンゲン、2011年の石巻。失われたもの、忘れられていく記憶が惑星の小径に交わる。現実から少し浮いた聖人たちのアトリビュートと、アトリビュートをもたない、忘却のなかの幽霊たち。観念的で浮動的、感覚として繊細な記述が導き出すのは、遠近法の消失点としてのあの時間。私たちは忘却に抗い、記憶を焼きつけながら、少しずつ消えて行く像を想うことができる。




#60村上春樹『東京奇譚集』(新潮文庫)


 村上の主題は「喪失と再生」と説明されることが多いが、その二つは等量のものでは決してない。途轍もない喪失に、人が弱弱しくも確実に向きあい、説明できない感情とともに時間をかけて納得しようとする、その機微を村上は描こうとしている。どうしようもなく変化してしまう、その諦念をも描き切ろうとしているような意志を感じた。