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[感想]三木那由他『会話を哲学する コミュニケーションとマニピュレーション』

 言語哲学の研究者の視点から、会話の機能としてのコミュニケーションと、潜在的意図としてのマニピュレーションを、さまざまな事例から解きほぐす。過不足ない手際で、非常にわかりやすく議論が展開する。会話の中に潜む機微として、「伝わらないこと」「わかり切ったこと」をわざわざ伝えることなどが語られる。
 とっても読み易い本で、マンガのカットが引用されていたりする。そしてなにより、説得力がある。約束事の形成としてのコミュニケーションと、その裏側で意図されるマニピュレーションが、いかに会話の中に潜んでいるかという分析によって、人生の大きな部分を占める「会話」を感受する解像度がぐっと上がることは間違いない。そうした即物的な受益だけではなくて、相手の性質や立場、意図に誠実に向きあいながら慎重に言葉を紡いでゆく、ということも、本書から考え出すことはできるだろう。

 蛇足かもしれないが、『群像』で読んだ「言葉の展望台」のときにも感じた、著者の持つ文体の誠実さと、温度が心地よく、峻厳と言い切るに美を見いだす”新書調”とすっかり切れているところが、まず素晴らしい。
 三木先生の授業は一度しか受けたことがないが、とても誠実に、一つひとつ言葉を紡ぐ方だった。本書のなかにも、その態度が節々に配慮として感じられる。
 世界が日々縮小し、横溢する言語のなかで溺れないように、現在を生きる人々に遍く薦めたい一冊である。