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『帰宅』

『帰宅』

薄暗い青の中に、昼下がりの薄明りが少しだけ差し込んだ水色が広がっている。自宅アパートの一室の扉を開けると、部屋の奥からどっと海水が押し寄せた。
海草やプランクトンの混じったそれを、僕は全身に浴びる。勢いは暫くやまない。ごうごうと音をたてながら、潮の香りを漂わせながら、いつまでも部屋からあふれ出て僕の身体を濡らしていった。やがて水の勢いが弱まると、前に進めるようになった。ひたひたと、海水

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先生のばか

先生のばか

「先生のばか」

誰もいない空っぽの教室の中、長いこと何も考えられずに頬杖をついていた。放課後の湿った夏風に当たりながら「何もしない」をすることが、今のあたしには丁度いい。

風が柔らかくて、焦点の合わない目に射し込む西日がやけに綺麗で、ふとした瞬間涙が零れそうになる。

机に投げ出された腕の先、手のひらに置いた小さなガラス玉。腕を傾けると、軽く握った手の中でほんの少しだけ転がった。微かに残る冷た

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 『彼』

『彼』

『彼』


三日前、海岸に打ち上がったクジラの死体を見た。ぐったりと横たわり、砂に塗れた身体は、ガスを含んで大きく膨張している。


「皆さま、危険です。どうか近づかないように」


年老いた警備員らしき男が、カメラを抱えた人々の群れめがけてメガホン片手に呼びかける。膨張し切った彼の巨体が、いつ破裂するか分からないためだ。

動かぬ彼とそれをとりまくテレビ局の人たちを横目に、僕はそっと家に

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 『魚人間』

『魚人間』

『魚人間』

今日からここが僕の学校だ。

胸を張って、足を踏み入れた。

僕は今、人間の姿をしている。だけど小学生の頃までは、シーラカンスの姿をして、海の中を泳いでいた。今は姿を変えて、人の住む世界に「適応」している。手も足もあるし、歩くことも話すことも、人間のようにできる。

そんな魚人間の僕は、今日から大学に通い始める。芸術学部と教育学部のある大学。僕は教育学部の方。

――昔々、

大昔。

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