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青年の唄(短編小説)

 初詣。彼の隣を歩く彼女は、引いたおみくじが中吉だったことに可愛らしく肩を落としている。地元の神社で既に初みくじを引いていた彼女は、それが大吉だったにも関わらず、新たに買い直した運命に嘆きの声を上げる。

 寒さを追求していく1月の京都で手をかじかませながら両手でブラックコーヒーのカップを運ぶ。女子大生とスターバックスの組み合せからすれば少し予想外のオーダーに、彼は彼女の人柄を図りかねている。
 彼女とはまだ数時間ほどしか話さないまま次のデートを示唆的に約束して、帰途に着いた。流行りの出会い系ではないが、サークル活動から生まれた薄い縁から食事に行くことになった彼らはなんだか腹の探り合いをするカラスみたいだった。

 彼は、20歳にありがちなことではあるが、自らを取り巻く環境が「普通である」ことを認めたくはなかった。出会う女の子にも対してどこか特別なものを求めていた。しかし、その日出会った彼女は、半日を共に過ごした彼の目には、『普通の』幸せそのものを体現しているように見えた。彼女がその日着ていた服のブランドを家に帰って検索してみれば、「量産系女子」なんて残酷な言葉が並べられていた。

 彼女もまた特別を求めているのだろう。それは会話の節々から感じ取ることができたが、その考えの方向性すら不思議なほどありきたりで、あまり価値のあるものには見えなかった。あたかも高尚な考えを持っているかのような彼だって、結局は誰かの作った幻想に動かされ、その日を迎えている。それはチロチロと蛇の舌のように貪るものであり、火のように絶えず流転するような欲望である。彼は20歳であった。不幸なことに、彼を含む大概の人類が異性を前にして動物性を排除できるようになるのに少なくとも倍の時間を人生に捧げなければいけなかった。

 何が幸せなのか、彼には時々わからなくなる。それ以外の多くの間、もちろんわかっているわけではなく、目を瞑って周りの足音を注意深く聞いている。彼女が歩むだろう人生と、彼が朧げに夢見る人生を取り出して、並べて眺めてみる。照明の下でグラスを手に取って光に透かしたりその輝きを確かめるように。

 彼はメッセージの着信を知らせるスマートフォンをそっと裏返しに置き直した。きっと、彼女はずっと滑らかに感情を積らせ、変化させていくだろう。
 唄に残るは、偏在するもの。

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