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謎の提出物 no.2:Anti Ragging Form

前回は「Migration Certificate」のことを書いた。

インド以外の国に留学をしたことがないため、他の国や地域の大学でどんな書類が求められるのかはわからない。しかし、この書類仕事のようなものはその国や地域の土地柄のようなものを表しているように思う。

例えば、インドの観光ビザだ。インドのビザを申請しようとすると、父親の生誕地・職業などを記入する欄がある。私自身がインドに行くわけで、父親の生誕地や職業は関係ないだろ!と言いたいのは山々だが、インド的には知りたい基本情報のひとつが保護者(特に父親)の生誕地や職業であるということなのだ。

このように提出書類がその地域の特性を含んでいる場合は多分にある。


Anti Ragging Form

第2回の今回は「Anti Ragging Form」だ。
提出書類と土地柄は関係していると前述したが、それを表すような書類が今回紹介するものだ。


どのようなものか?

このAnti Ragging Form というのは、簡単に言えば「学内で人種差別やいじめのようなことは絶対にしません」と宣誓する書類だ。これは違反した場合、明確な罰則が存在している。

↓参考までに↓


いつ・どこに提出するものか?

この書類も前回のMigration Certificate同様に、入学が許可された段階での入学書類の中に含まれている。大学・大学院のアドミッションセンターや事務へ入学書類のひとつとして提出する。


どこから入手するのか?

”Form”と名付けられている通り、学生ポータルや大学が指定したサイトから様式をダウンロードして入手する。自分の名前や学科・コースなど必要事項を記入して、署名すれば書類の完成だ。前回のMigration Certificateとは「難しさ」の種類が違い、この書類自体は入手したり提出するのは簡単である。


私の場合。

日本にいるときにこのAnti-Ragging Formを読んで署名したときは、なんでこんな当たり前のことにわざわざ書面で提出しなければいけないのか、と思った。

コロナが落ち着き、大学に行くと大学の門の前にAnti-Raggingに関する看板があり、学内にはポスターがたくさん貼ってあった。罰則は奨学金の取り消し、成績の取り消し、除籍・追放までにも及ぶ。

"Ragging Free Campus" 大学の正門に掲げられているAnti-Raggingに関する看板

数週間大学構内で生活して、私は ”Anti-Ragging” の大切さを身に沁みることになる。私が直接、悪口を言われたわけではないし、私の身に危険があったわけではない。気がついてないだけかもしれないが。この、「気がついてないだけかもしれない」がポイントではある。

どういうことかというと、大学にはいろんな地域から学生が集まっている。そのため、真っ先に友達になるのは同じ地域出身 −すなわち同じコミュニティ出身− の学生になる。同じ言語を話し、同じ食習慣をもつ集団は突然出会っても、瞬く間に友達になる。あいにく、私の住んでいた街には日本人はおらず、日本語を話す人もいなかったためそのような出会いは私にはなかった。

人々は同じ言語を持つもの同士でグループを作る。
例えば、ケララ出身者らはマラヤーラムのコミュニティがある。グジャラート出身者たちはグジャラーティのコミュニティがある、という感じだ。

彼らは自分達の言語で話し合うため、そのコミュニティに属さない人たちは何を話しているのか全くわからない。笑い話や世間話をしているかもしれないし、生活や学習面の相談をしているかもしれない。そして、他のコミュニティを馬鹿にしたり差別したりするような話をしているかもしれない。


ある日の放課後、同僚のヒンディー語話者数名とマラヤーラム話者数名と大学の庭で寮行きのバスを待っていた。すると、マラヤーラムのコミュニティが私たちの方に近づいてきて、簡単な挨拶を英語で終えたところで、一気にマラヤーラムで話し始めた。私とヒンディー語話者はついていけず、笑って彼らを見ることしかできない。彼らが何を話しているかはわからないが、彼らは談笑している。

しばらくしたあと、ヒンディー語話者の同僚1人が「何言ってるかわからないでしょ?」と尋ねてくれた。『全くわからないね』と答えると「私もインド人だけど何言ってるかわからないし、らららららららららら〜、としか聞こえないんだよね」と言われた。

マラヤーラムを話していた人たちは、ひとしきり話し終わり、何の話だったのかを尋ねると、「大した話じゃないよ」と答える。「大した話じゃないよ」と言われても、こちらはどんな話なのかわからない。「悪口とかそんなじゃないから安心して」と笑いながら教えてくれるけど、そう言われるとまたなんだか変な気持ちにもなる。


このとき、Anti-Ragging Formを提出することの意味が少しだけわかったような気がした。

学生らはみんな同じ言語を母語としてるわけではなく、みんな様々な言語を完璧に理解しているわけでもない。コミュニティ同士で他のコミュニティを攻撃していることもある。人種差別をしていても、言語が異なるからわからない。明確に暴力的になったときにようやく何が起きていたのかがわかるくらいの感じだろう。


学校側は「我々は対応しています」というために入学する学生たちにサインをさせたのだとは十分承知ではあるが、わざわざその体裁を示さなければいけない状況がここにはあるんだなと感じた。このAnti-Raggingは深刻な問題で、他の大学の学生と同じホステルに住んでいた頃に、他の大学の学生に「あなたの大学はよく対策している方だよ」と教えてもらった。


人種差別や他のコミュニティを侮辱するようなことはあってはならないし、そんなことで大学の風紀が乱れるのはもってのほかだ。大学の平和を保つため、学生たちが安心してキャンパスライフを過ごすためには、最低限のAnti-Raggingの対策が必要だ。

Anti-Ragging Formは本文を読んで、名前やサインで空白を埋めて提出すればいいだけのものであるが、それ以上にその背景が「難しい」書類だった。


次回の「謎の提出物」では「レター(手紙)」を紹介する。インドにいると「お手紙を書きなさい」と言われる機会が多くある。重要な場面で効力を発揮する「レター」の話を3回目として書こう。

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