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【アキナのYouTubeと『南極料理人』】で描かれる、切なさと優しさの配分

アキナのYouTube『アキナのアキナいチャンネル』を観ていると、ゲーム機を与えられなかった子供時代を思い出すような切なさに包まれる。同様に、優しくて切ない笑いに満ちた映画がある。『南極料理人』だ。

“童心”でつながる両作品を、2本立てでレビューする。

ポップカルチャーレビュー「笑いの二点透視」
「笑い」をテーマに、映画やドラマ、小説、マンガ、漫才、コント、演劇など、あらゆるポップカルチャーから厳選した2作品をレコメンド&レビュー。名画座の2本立て上映のように、共通する主題でふたつのコンテンツを並べることで、それぞれの「笑い」を立体的に紐解く連載。毎月1回程度更新。

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蘇る少年時代の切なさ──『アキナのアキナいチャンネル』

子供のころはかくれんぼが得意だった。得意すぎて見つけてもらえないまま忘れ去られることも時々あった。もし忘れられたとしても、何事もなかったかのように「うぇーい」と合流できる人がほとんどかもしれない。でも自分にはそれがどうしてもできず、いつもそのままスネて家に帰ってしまっていた。気づいた友達に家のピンポンを鳴らされると、少しうれしく、少し罪悪感があった。

あのころの切なさを思い出す。親にゲーム機を買ってもらえなかった自分が、PSPで『モンハン』をプレイする友達ふたりをじっと眺めている。自転車であるとき大ケガをして乗るのが怖くなり、自転車に乗る友達にいつも走ってついて行っている。部活が苦しくてサボったことを親に言えず、学校に行くフリをして公園でひとり時間を潰している。大人になって強くなったのか、回避する術を覚えたからなのか、いつからか忘れてしまったあの哀しさや虚しさの感情。

お笑いコンビ・アキナのYouTubeチャンネル『アキナのアキナいチャンネル』は素晴らしいところがいくつもあるが、そのひとつは、観ていると“あの日の切なさ”がふと蘇るところだ。旅ロケを主体とした『アキナいチャンネル』は、ネタ動画はおろか、企画系の動画すらも上げない。いつも旅に出て、旅先で火を囲みながらごはんを作り、時にはソリや紙飛行機で遊んだりして、瞬く間に夜が更けていく一日を長々と映し出す。

そして、アキナのふたりがごろんと剥き出しにする“童心”の中には、いつも切なさが混入してしまう。しかし観ているこちらとしてはまったく苦しくならず、なぜだかその切なさすらも気持ちがいい。子供のころの苦い思い出を優しく包み込んでくれるようで、無邪気に笑ってしまうのだ。

海釣りに行き、ひとりだけ釣れなかった山名キャプテンの涙

去年の4月にチャンネルを開設し、現時点で「シーズン8」までアップされているアキナの旅ロケ動画。中でも一番切なかったシーンを挙げると、どうしても「淡路島での海釣り」のあの場面になる。

船に乗り、初めての海釣りを前に興奮するアキナ一行がいる(『アキナいチャンネル』は構成作家の“堀(内)さん”、マネージャーの“原くん”も演者として参加する)。とりわけ“山名キャプテン”は気合いが入っていて、自前のライフジャケットと釣り用のグローブをはめて準備万端。おかしいのは、釣り竿まで自前なこと。明らかにちゃっちく、釣れるわけがない糸を海に垂らしている。しかしこのときのキャプテンはまだまだはしゃいでいて楽しげだ。

ちゃんとした釣り竿を手にした秋山さんらは、ハマチをしっかり1匹ずつ釣り上げていく。でもキャプテンは一向に釣れない……。日が沈んでいく。やがて終わりがやってくる。港に帰る船は、強い風の影響か水しぶきを高く上げ、キャプテンの身にも多く降り注ぐ。船の進行方向を黙って見つめるキャプテンは、もう水でびちゃびちゃだ。いや、顔に光る水はもしかして涙か……?

「濡れてんのか、泣いてんのか」──。真相はわからないが、観ているこちら側も、友達がゲームするのをじっと眺めていたあのころのような切なさを、無性に思い出してしまう。今日のために昨日買ったというキャップは、途中で海風に持っていかれて消えてしまった。あゝ無情。なんという物悲しさ。漂うキャプテンの哀愁。このシーンだけでもぜひ観てほしい。

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みんなで食べるごはんはこんなにもおいしい──沖田修一『南極料理人』

不思議なもので、釣れなかった寂しさを纏うキャプテンも、その後の調理の場面になると吹っ切れたような明るさを見せている。おいしいごはんのパワーたるや。「おいしい」と言い合える、仲間がいる温かさも心に沁みる。『アキナいチャンネル』には優しさがあるから切なさも笑いに昇華されるのかもしれない。ぐーっとお腹が鳴るころには、楽しい記憶だけが脳内を巡っている。

この切なさと優しさの配分に見覚えがあった。沖田修一監督による2009年の映画『南極料理人』だ。

舞台は1997年の南極大陸、ドームふじ基地。「南極地域観測隊」として気象などの観測を行うために派遣された一行は、日本から遠く離れたその場所で労働と食事をただひたすらに繰り返す日々を送っている。8人いる隊員の中には、この環境に耐えられず毎日家に帰ることを夢想している人がいる(古舘寛治)。高すぎる電話代を払って日本にいる彼女に電話するも、あるとき愛想を尽かされフラれてしまう人がいる(高良健吾)。家族に電話するも、妻に「しゃべりたくない」と言われてしまう人がいる(生瀬勝久)。

そんな哀しい労働者を救うのは、いつの日も食事だった。堺雅人演じる主人公の西村は、調理担当として派遣されてきた隊員。彼は労働で疲れた者たちを、あるときはフランス料理のフルコース、またあるときは中華料理、大きすぎるエビフライ、はたまた大きすぎるステーキ、手作りのラーメンなどで迎え入れる。

本作にフードスタイリストとして入っている飯島奈美さんは、映画『かもめ食堂』や『海街diary』、ドラマ『カルテット』や『大豆田とわ子と三人の元夫』にも参加している、映像作品の中のおいしそうな食事に欠かせない人物だ。『南極料理人』のごはんもとにかくおいしそう。

隊員たちは皆無言でそれらを貪り食う。大きく開いた口を、味噌汁をすする音を、口いっぱいに米を頬張る時間を、この映画は一番大事にしている。その姿をうれしそうに眺める堺雅人はまだ「倍返しだ!」と叫び出す前で、ほのかな表情の変化がこの上なくおかしい。

“いい歳した大人たち”が生む、一生終わってほしくない時間

『アキナいチャンネル』と『南極料理人』。“いい歳した大人たち”が食事や遊びに夢中になる映像は、ずっと観ていられる。一生続けばいいのにとすら思う。そこには、忘れてしまった童心や、みんなでごはんを作って食べることの幸せ、切なさを分かち合うことによる結びつきがあふれている。労働との対比が描かれているのも、そのことを強調するだろう。端的に言って、めちゃくちゃハッピーな映像だ。

『アキナいチャンネル』を語る上で外せないものに、「歌」がある。アキナ一行は、レイバンのサングラスをかけると歌を即興で生み出す「先生」になってしまう、というくだりがあるのだ。その歌は、旅中の有象無象の感情が言語化されるようで、信じられないくらいにグッとくるものばかり。

『アキナいチャンネル』には焼きマシュマロと焼豚がやたらと登場する。その初登場の場面、三重県伊勢志摩でのグランピング編(シーズン2)で、“秋山先生”が放った「マシュマロ」という歌を引用したい。

ふわふわおいしいマシュマロ
みんなで食べると いちだん美味しい
焚き火でみんなで囲んでマシュマロ
口の中ふわふわ溶けてゆくわ
みんなと食べたマシュマロ
今日の日を永遠に忘れないでね
口の中も頭の中もふわふわ宙に浮いてる
この景色 僕は忘れない
今日のこの日を…

──コメント欄より引用

蔑ろにされて哀しくなった記憶も、友達と駄菓子を一緒に食べた記憶も、ともに忘れたくない記憶。子供のころの感情は剥き出しだったがゆえにとても腫れぼったく、それでいて彩り豊かだった。労働と氾濫する情報と、うまくいかない苦しさと時間に追われる毎日に、一時だけでもいいから童心とごはんを食べる幸せを取り戻したい。それがきっと、生きるおもしろさにつながるはずだから。『アキナいチャンネル』はそれを体現しているし、『南極料理人』はその素晴らしさを再確認させてくれる。そうしたポップカルチャーがあることを幸せに思う。

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+α(切なさが沁みる子供主人公の傑作映画)
ユン・ダンビ『夏時間』
ユン・ガウン『わたしたち』
アッバス・キアロスタミ『友だちのうちはどこ?』
清水宏『風の中の子供』

文=原 航平 イラスト=ナカムラミサキ 編集=田島太陽

原 航平
ライター/編集。1995年、兵庫県生まれ。RealSound、QuickJapan、bizSPA!、芸人雑誌、CHIRATTOなどの媒体で、映画やドラマ、お笑いの記事を執筆。Twitterはてなブログ

ナカムラミサキ
1995年生まれ。2017年に美術大学を卒業後、作家活動を開始。絵を描くときだけ両利き。頭が平な人間の絵が特徴。TwitterInstagram