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爪跡と生活  - Life with Disaster - 常陸大宮・城里・那珂川篇

 2019年10月12日から13日の未明にかけて、東日本を中心に広がった台風19号の被害について、【爪跡と生活】 - Life with Disaster - 第1回から第10回までは栃木県の被災状況を中心にお伝えしたが、この未曽有の超大型台風は隣県である茨城県にも大きな爪跡を残している。
 そこで今回の第11回からは茨城篇として本シリーズをお届けしたい。

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 まずは茨城県全体の被害を概況する。()内は栃木県の数字であり比較いただきたい。
 人的被害は死亡者2名(4名)、行方不明者1名(0名)。決壊箇所は6河川14箇所(13河川27箇所)。支流までを含めた決壊・越水被害は135箇所(68箇所)で、浸水被害は全壊~床下までを含む5,077棟(19,237棟)。発生した災害ゴミの総量は8万7千トン(10万1千トン)を上回る。
 数字の上では栃木県よりも比較的被害が少ないように見えるが、今回の台風の特徴としては「バックウォータ現象」が多発し、本流よりも支流側の被害が多数を占めたことを考えると、より海に近い茨城県の河川とその支流の被害は軽んじられるものではない。

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 台風被害を論じるにあたり、茨城県の河川の特長として「国管理」の河川が2河川あることが挙げられる。河川法によって県管理の河川と国管理の河川とでは管轄元に違いがあるため、治水行政に温度差があったことは否めない。この点については後述したい。
 ともあれ、茨城県に存在する国管理の河川は「那珂川」と「久慈川」である。
 今回はこのうち那珂川についてレポートしたい。那珂川は河川長も非常に長く被害も広範囲にわたっているため、前編・後編の2回に分けてお届けする。

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 まず今回の前編においてレポートするのは那珂川における常陸大宮市および城里町付近の被害についてである。

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 那珂川は栃木篇でも少しお伝えしたが、栃木県那須町の那須山麓を源流とする関東地方第3位の大河川であり、那須町から那須烏山市を経て茂木町まで栃木県内を通り、茨城県へと入る。そこから南東へと流れ、ひたちなか市と大洗町の境で太平洋へと注ぐ。多くの支流を持つ一級那珂川水系の本流である。
 那珂川の特長は何と言っても清流であり、特にその恩恵を我々は「鮎」という形で受け取っている。禁漁明けの時期には鮎を捕獲するための「やな」が那珂川の各所に数多く設置される。那須烏山や茂木には栃木県内でも有数のやながあり、例年であれば大勢の観光客や釣り人で賑わう。

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 茨城県側で有名な鮎の産地が常陸大宮だ。常陸大宮市は2004年に大宮町・山方町・美和村・緒川村・御前山村が合併してできた人口4万人ほどの街である。栃木県との県境、茨城県の北西部にある八溝山麓の東に位置し、那珂川は市の南西部を流れていく。市の東部にはもう一つの国管理河川・久慈川が流れており、森と河川に囲まれた自然豊かな土地だ。市の面積の約6割が森林や原野で構成されており、産業としては農業・林業とともに自然を利用した観光・アクティビティにも力を入れている。特に市内の御前山地区では前述の鮎のやなが有名である。キャンプ場なども多くあり、自然を楽しむにはもってこいの地域だ。

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 この御前山地区野口において10月13日未明、大規模な決壊が発生した。同日2:00頃、野口地区にある那珂川の水位計は氾濫危険水位の4.5mを示していた。同時刻、上流の栃木県大田原市では6mの水位を記録。その状況を併せて考慮し、市の防災無線では避難指示を呼び掛ける。しかし深夜であること、また雨がやんでいたこともあって付近住民の足は重い。そこで地元の消防団員たちは仲間と手分けして野口地区約80名に避難を呼びかけた。高台へと避難し、まんじりともせず一夜を過ごした。夜が明けて避難所から出てみると地域全体が冠水していた。常陸大宮市全体の浸水被害は500棟を超え、うち40棟ほどが野口地区での被害だった。

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 決壊箇所はすでに新しい堤防に架け替えられていたが、その範囲は優に50mはある。決壊規模の大きさがうかがえる。
 国道123号線から決壊した那珂川の堤防まではそれほど距離がない。濁水は奔流となってこの国道まで到達した。道路沿いの家屋は敷地全体を含めて完全に破壊されている。田畑にはまだ大量の漂流物が残されており、住む者もなくなった家は無残に放置されている。
 農作業小屋には眠りについたトラクタが動かぬまま鎮座していた。砂に埋もれたビニールはありし日のハウスの痕跡であろうか。再開されることのない農作業に思いを馳せる。

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 河川まで降りると、那珂川の広大な河原は折れた竹などの残骸で覆われている。一級水系だけあって川幅も堤防の高さも段違いに大きいが、それでも水量に耐え切れず決壊した。当日の雨量の凄まじさは想像に難くない。
 インレットから見える竹林の傾き具合からも、どれほどの水圧がかかったことか。新しくなった堤防にのぼり、野口地区を見渡す。寂しげに作業を行う人たちの近くで、何かを燃やす白い煙が上っていた。

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 この決壊ポイントから下流へ6kmほど下ったところが城里町の大規模越水箇所だ。国道123号線で水戸方面へ向かうと、城里町に入ったところで那珂川を跨ぐ千代田橋というかなり大きな橋が架かってる。
 城里町は茨城県西北部に位置し、人口は約2万人。2005年に常北町・桂村・七会村が合併して発足した。常陸大宮市と水戸市の間に位置しており、常陸大宮市とは那珂川を境にして隣接している。

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 千代田橋の直近の堤防ではかなり大規模な決壊があり、重機を持ち込んだ大掛かりな復旧工事が行われていた。河原の土は均され、他の地域にも運ばれているようだ。大型ダンプカーが列をなして出入りし、立入禁止の区域も広く取られている。
 那珂川は国管理の一級水系の本流であるため、比較的早期の復旧工事が進められている。決壊した部分には真新しいコンクリートブロックが敷かれ、フレコンなどの応急処置の箇所は見受けられない。こと河川の修復においては、やはり国の予算執行の方が規模も大きく行動も早いようだ。

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 しかし一歩裏手に回れば、全くと言っていいほど手つかずの状態が垣間見える。堤防から国道の法面を下った先には民家が数件あったが、そのどれもが大きな被害を受けていた。千代田橋近辺の堤防は相当の高さであり、道路より下に位置する民家の集落までは結構な落差がある。ここに大量の濁流が流れ込んだ。
 地域の道路は流れ込んだ激流の力により崩落しており、ガードレールはその基礎部分からごっそりとえぐり取られている。もちろん周辺家屋の被害は甚大で、撮影時に住み始めていた家はごくわずかだ。田圃には高圧のかかった証拠であるうね状の大きな溝が深い爪跡を残していた。倒壊の恐れがあるのか立入禁止の民家も多く、近隣はゴーストタウンの様相を呈している。

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 那珂川での最大の決壊・浸水箇所は後編で触れる水戸市の地区であるが、常陸大宮・城里地区の被害も尋常ではない。この日の被害で常陸大宮市から発生した災害ゴミの量は1万4千トンであり、これは同市の1年分のゴミ処理量に匹敵する。また、城里町の浸水被害は狭い範囲ではあるが178棟となっており、特に全半壊の割合が他の地域よりも高く、濁流の激しさを物語っている。

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 こういった広範囲の河川被害を受けて、那珂川・久慈川水系の流域に位置する茨城県・栃木県の市町村の首長が2019年11月13日、常陸大宮市役所にて一堂に会し、今回の台風による水害の一斉協議会会合を開き、国の担当者へ意見を具申した。
 というのも、日本の河川法によると、特に重要な水系で政令によって指定された流域を一級河川というが、この一級河川の管理は国もしくはその出先機関となっている。この指定された流域とはどこを指すのかというと、那珂川の場合は河口から栃木県大田原市の箒川との合流地点までの85.5kmである。したがって茨城県の流域はすべて国管理となる。
 これは予算執行や小規模の災害には良いが、今回のような広範囲にわたる水害が発生すると予測される場合、上流域の不備は下流域へと及ぶことになり、治水や復旧の予算に非対称の齟齬が生じる。
 また、那珂川や久慈川は支流である二次河川やそのまた支流である三次河川も多く存在し、そちらは県管理・市町村管理となるのだが、今回の台風被害ではバックウォータ現象が多発し、本流よりも支流での被害が甚大だった。本流が大きければ大きいほど比例して支流の被害も大きく、こちらの被害をすべて地方自治体で管理するのは無理がある。大規模河川の治水管理は「水系一貫」が必要である、と協議会会合で提言された。

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 それを受けて同年12月8日、同じく常陸大宮市役所において有識者会議が開かれ、2016年に策定された現行の河川整備計画を見直すことになった。これは1998年に同市野口地区で発生した洪水と同規模の水害が発生しても、被害を防止・軽減が図れることを目標とした計画で、野口地区を流れる水量が5,900立方メートル/秒でも崩落しないような堤防の強化を目指していた。
 その計画の進捗は道半ばではあったが、今回の台風19号での同地区の水量は7,400立方メートル/秒を超えていたといわれ、防災計画の目標値を大幅に上回っていた。この夥しい水量がまず越水を引き起こし、流れ出る水の量に耐え切れなくなった堤防が崩落したとみられている。

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 このことは堤防などによるハード面での防災に限度があることを示しており、決壊ポイントのみの強化では対応しきれない。上流域での遊水地の設置など、水系一貫した施策を必要としており、いち自治体のみでは対策に限界がある。上下流・本支流全体のバランスを見据えた治水への舵取りが大変重要だ。こうした被害を防ぐために水戸市を中心とした協議会連合は国土交通省との折衝を続けている。

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 治水利水は国や自治体の大きな事業である。水害への備えとして個人でなしえることは家の防備を強化したり、非常時に持ち出すものを用意したりと、ごく狭い範囲に限られる。ハザードマップ一つをとっても、自治体の施策なしでは何もできないに等しい。
 我々住民は選挙によって施政を行うものを選ぶしかないが、家などを購入して住んでしまうと定着した土地に縛られがちだ。
 本来であれば「災害が発生した土地には住まない」という選択があるはずだがかならずしもそうはならず、人は同じことを繰り返す。それは愚劣であるからなのか。それとも自分だけは被害が及ばないという慢心なのか。
 あるいはそれこそが愛着の証なのか。

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 今回の前編では常陸大宮・城里を中心とした被害を概況したが、今回の那珂川本流において最大の被害は水戸北インターチェンジ付近の浸水だ。こちら水戸篇を後編とし、那珂川下流域の被害をレポートしたい。それでは次回へと続く。

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