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勝手に添削:『一度読んだら絶対に忘れない世界史の教科書』 (5)

5回目の添削・校正。ついに序章が終わり第1章に入ったが……

第1章 ヨーロッパの歴史 あらすじ

 第1章の本文に入る前に「あらすじ」と題したページがあった。少し長いが、このあらすじも問題だらけなので丸ごと引用する。

「多様」と「統一」という相反する“顔”を持つヨーロッパ
 ヨーロッパは、温暖な気候と高い生産力を持ち、古くから人口密集地域であることが特徴です。世界に大きな影響を与える大国が数多く出現し、国家や民族の激しい興亡が続いたことから、多様な言語や文化が生まれることになります。
 一方で、ヨーロッパは“共同体”という側面もあります。
 宗派は異なるものの同じキリスト教を信仰したり、ギリシア文字から分かれたアルファベットを使ったりするなど、共通の文化も持ち合わせているのです。
 このように、ヨーロッパの歴史は、常に「多様」と「統一」という相反する2つの“顔”を交互に覗かせるのです。

山崎 圭一. 一度読んだら絶対に忘れない世界史の教科書 公立高校教師YouTuberが書いた (Kindle の位置No.506-514). SBクリエイティブ株式会社. Kindle 版.

第1段落

 この段落で一番言いたいのは、2文目にある「多様な言語や文化が生まれる」ということだと思う(見出しの「多様」に対応する)。原文を読むと、多様な言語や文化が生まれた理由としては「大国が数多く出現したこと」がまず挙げられる。ただし、これだけでは理由として不十分で、「国家や民族の激しい興亡が続いたこと」も必要である。大国が現れるだけでなく、それが滅び、また別の大国が現れ……と繰り返した結果に多様性が生じた、という論法だと思う。
 以上を踏まえて第1段落全体を見てみると、文(文節)同士のつながりに違和感がある。
 まず「世界に大きな影響を与える大国が数多く出現し、国家や民族の激しい興亡が続いたことから」の部分について、「~し」という並列では表現が弱い。ここは「さらに」とか「加えて」とか「だけでなく」とか、もう少し読点(、)の後ろを強調する表現がほしい。前述したように、大国が現れるだけでなく、それが滅び、また別の大国が現れることが重要だからだ。

 次に1文目を見てみると、この文単体では大きな問題はないが、2文目との関係性がよく分からない。1文目がヨーロッパの気候などの特徴について、2文目が多様性の出現について、と2つの文で全く別のことを言っているように読めてしまう。
 思うにこの1文目では、2文目にある「世界に大きな影響を与える大国が数多く出現した」の根拠を示したいのではないか? つまり、「ヨーロッパは気候が温暖で生産力も高いために、人口が密集した。だから大国が数多く出現した」と言いたいのではないか?

 というわけで、第1段落は「接続詞」が適切に使われていない(&文の切り方がおかしい)ことが問題のようだ。あと以下のような細かい点も気になった。

  • 「温暖な気候を持つ」は間違いではないが少し違和感がある。「気候が温暖である」とか「温暖な気候に恵まれる」の方が自然

  • 「高い生産力を持つ」の「生産力」について説明がない。作物のことを言いたいのだと思うが、「物」とか「サービス」も生産と言うので、補足が必要

  • 「人口密集地域」のように、勝手に熟語を作ることは個人的に好きではない。「資料作成を行う」「会議報告をする」がそれぞれ「資料を作る」「会議の報告をする」が適切なように、「人口密集地域」は「人口が密集する地域」としたい(ただし字数が増えるので、字数に余裕がない場合はママでもよい)

  • 「国家や民族の激しい興亡が続いた」は間違いではないが、修飾が長い。「国家や民族が興亡を繰り返した」の方が読みやすいし文脈に合っているのでは

 修正案は以下のようにまとめてみた。文の分け方を大きく変えた。

 ヨーロッパは温暖な気候に恵まれた地域で、作物の生産量が多く、古くから人口が密集したため、世界に影響を与える大国が数多く出現しました。そうした国家や民族が興亡を繰り返す中で、多様な言語や文化が生まれることになります。

第2・第3段落

 まず言いたいのは、1文しかない第2段落について。「ワンパラグラフ、ワントピック」(1つの段落に1つのトピック)が文章を書く際の基本だと考えている(小説など例外もあるが)。トピックが変わったら段落を変える、同じトピックは同じ段落にまとめる、という教えである。で、この第2段落と第3段落はどちらも共同体とか共通性について述べている。つまり同じトピックを扱っているので、同じ段落にまとめるべきだ。いたずらに段落を変えると意味が分かりにくくなるうえ、行数も無駄に増えるので好きではない。

 さて、第3段落で最も気になるのは、「この文の主語は何か?」ということ。同じキリスト教を信仰し、アルファベットを使うなど、共通の文化を持ち合わせているのはどこか? 直前に出てくる「ヨーロッパ」が主語に思えるが、実はそうではない。なぜなら、「同じ」と言うからには主語が複数でないとおかしいからだ(「私と彼は同じ考えです」とは言うが「私は同じ考えです」は意味不明)。
 少し考えてみると、第1段落で「国家や民族の激しい興亡が続いた」とあるから、主語は「ヨーロッパの国々」であると推測できる(「ヨーロッパのさまざまな民族」等でもいいかもしれない)。
 日本語は主語を省略することがしばしばあるものの、それは主語が自明な場合に限る。「ヨーロッパの国々」は第3段落が初出であるから、決して省略してはならない。原文は明らかな誤りである。

 また、表記の不統一も気になる。見出しの「統一」、第2段落の「共同体」、そして第3段落の「共通の文化」と表記が揺れてしまっている。生命科学の分野ではよく「多様性と共通性」というフレーズが対比的に使われるので、あらすじ全体を通して「多様性」「共通性」に統一したほうがよいだろう(そもそも「統一」「共同体」は文脈に合っていない気がする)。
 あと細かい点だが、第2段落は「ヨーロッパには~側面もあります」とすべき。日本語の誤り。

修正案は以下の通り。

 一方で、ヨーロッパには「共通性」もあります。(宗派は異なるものの)同じキリスト教を信仰したり、ギリシア文字から分かれたアルファベットを使ったりと、複数の国々が共通の文化を持ち合わせているのです。

第4段落

 全体のまとめとなる段落だが、果たして「このように」と総括していいのか疑問が残る。まず、「ヨーロッパの歴史は~のです」と締めくくっているが、歴史については第1段落の「国家や民族の激しい興亡が続いた」くらいしか書かれていない。
 それから、「多様と統一の2つの顔を交互に覗かせる」とあるが、交互なのか? それ以前に「交互」とは一言も書かれていないし、仮に交互なのだとしても、第4段落で初出の情報のため「このように」と書くのは不適切だ。そもそも常識的に考えて、「多様性」と「共通性」は交互に現れるものではなく、常に同時に存在するはず。(あるいは、ヨーロッパ全域にまたがる統一国家が築かれ、滅亡して分裂し、また統一国家が築かれ…などと言いたい?)
 このように、原文では「このように」を使うのはおかしいので修正する必要がある。「ヨーロッパでは多様性と共通性がキーワードです」くらいに留めておいた方がよさそうだ。あと「2つの顔を交互に覗かせる」などと格好つけた言い回しは、かえって幼稚に見えてしまうので避けたほうがいい。

最終的な修正案

 さらに全体を整え、以下のように修正してみた。最後の段落は、残念ながら私自身がヨーロッパの歴史に詳しくないので、ありきたりな文しか書けなかった。

「多様性」と「共通性」を持ち合わせるヨーロッパ
 ヨーロッパは温暖な気候に恵まれた地域で、作物の生産量が多く、古くから人口が密集したため、世界に影響を与える大国が数多く出現しました。そうした国家や民族が興亡を繰り返す中で、多様な言語や文化が生まれることになります。
 一方で、ヨーロッパには「共通性」もあります。(宗派は異なるものの)同じキリスト教を信仰したり、ギリシア文字から分かれたアルファベットを使ったりと、複数の国々が共通の文化を持ち合わせているのです。
 ヨーロッパの歴史を学ぶうえでは、「多様性」と「共通性」の2つのキーワードを理解することが欠かせません。


 原文よりは多少良くなったと思うが、どうだろう。100%自信があるわけではないので、より良い修正案や指摘などあればぜひコメントしてほしい。

 第1章の本文に入りたがったのだが、あらすじで早速つまずいてしまった。このペースでは一生終わらないので、第1章に登場する悪文だけ一通りさらって、この本の添削は終わりにしようかと思う。

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