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部活と羨望とサイダーの味

高校時代の部活同期が下宿にやって来た。彼女と知りあったのは確か小学5年生のときだったから、なんだかんだもう10年来の友人である。晩ご飯を食べてからふたりでコンビニに行くと、ふと赤い缶に入ったコーラが目に入った。
『Coca-Cola』の筆記体を目線でなぞりながら、『約20年生きてきたけど、コーラって未だに飲んだことないな』と呟くと、彼女は『マジぃ?』と言い、酒選びを中断してこちらを振り向いた。『じゃあ今日飲も』

私が返事するより先に、Coca-Colaが2本カゴに入れられた。

下宿に戻ると彼女は唐突に私の写真を撮った。『インスタ上げていい?』と聞きながら指先は既に軽快な動きを見せていた。
私が返事するより先に、『20年間コーラ飲んだことない系女子』と添えられた私の後ろ姿がストーリーズでシェアされた。

彼女は何かと行動が速い。

お風呂あがりに乾杯をした。赤い缶を開けるとぷしゅ、と軽い音がした。一口飲んで、その甘さに衝撃を受けた。
『歯の溶ける味がする』と私は言った。
『歯、確実に溶けてるよね』彼女もそれに同意した。『三ツ矢サイダーの系譜だね』


三ツ矢サイダーは甘い。

高校時代、私は部活中にしばしば三ツ矢サイダーを飲んだものだった。
緑と白を基調としたラベル。赤いロゴマーク。そして、鼻に抜けるあの香り。歯を溶かすあの味。私にとって三ツ矢サイダーは青春の味だ。てか、なんか青春=炭酸みたいなイメージない?あれなんなんやろね。青春時代は短く、炭酸のようにしゅわしゅわと消え去ってゆくものだと言いたいのか。それとも光が反射する透明な泡のようにきらきらと輝いているとでも言いたいのか。


高校に入学してから私は、舞台に立ったり、皆で映像作品を制作したりするタイプの部活に入った。自分を変えたかったから、というのが一番の理由だ。人前に立つ機会を増やすことで、引っ込み思案で臆病な自分とはいい加減おさらばしたい。そう思って一念発起したのだった。

しかし、現状が簡単に変わるわけではなかった。

確かに、その部活に入ったことで成長した部分もたくさんある。実際人前に出るのにはかなり慣れたし、高3では部長になって部員を引っ張る立場になった。一応。
ただ、それでも足りなかった。特に彼女には、すべての面で太刀打ちできなかった。

彼女と私はいつも正反対だった。私はそんな彼女に憧れていた。嫌いとか思ったことはなくて、むしろとても好きで、でもその頃は一緒にいるだけでつらかった。
私たちの代の女子部員が私と彼女のふたりだけだったこともあり、部活内で私はしょっちゅう彼女と比較された。創作劇の役決めの際、『あなたはあの子と違って華がないから主役は無理だと思う』と言われたことだってある。ぶちのめすよまじで。あと私がずっと好きだった人は彼女のことをずっと好きでした。ぶちのめせないけれど。


思ったことを何でも正直に言える彼女と違って、私はいつも自分の意見が言えなかった。

何かと行動が速い彼女と違って、私は優柔不断で、頼りない人間だった。

華があって表に立つのが得意な彼女と違って、私はいつも裏方だった。



たぶん、羨望とか劣等感とかそういう類の感情を抱いていた。部活動のたびに私はそれに打ちのめされていて、やることがなくなって手持ちぶさたになった私はいつも、部室の隅でぬるくなった三ツ矢サイダーをちびちびと飲んでいたのだった。


三ツ矢サイダーは苦い。苦い思い出とともにある。



私の下宿。だらだらテレビを観ていると、私の好きな女優が出演するCMが流れた。私が『この人好き』と言うより先に、『私この女優嫌いなんよなぁ』と彼女は言った。


私は曖昧な相槌を打って笑った。


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