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秋、広島にて、愛をこめて

広島に1泊2日で旅行に出かけた。中高の同級生、私を含めて3人。部活同期として共に笑い、共に泣き、締切前は共に廊下を駆けずり回った仲である。


我々は朝に広島駅で合流した。

久々に会った友人A(22歳女・容姿端麗)は相変わらずのおしゃれさんで、友人B(22歳男・挙動不審)は高校時代からは飛躍的な進化を遂げていた。これは想像もしていなかった事態。私はこんなBなど知らぬ。Bはクタクタのパーカーに脚が長いせいで妙に半端な丈になってしまっている細身ジーンズにどこの何の試練をくぐり抜けてきたのかわからぬ汚ねぇ白スニーカーと相場が決まっていたのだ。それがどうだ。コンバース履いとる。コンバース!!圧倒的進化を感じる。


電車で近くの駅まで行きフェリーで宮島へ向かった。私は船が好きなので久々の乗船に心躍らせていたのだが、乗船直前にAが突然『彼氏できた。10個上』と言い出したので緊急記者会見を開くことになった。質問攻めに夢中になっていたらもう宮島だった。なかなか勿体無いことをした。

Aはシティガールである。元来洒落た女であったが、大学から上京しますます洒落た女になった。私達とは違って語彙の引き出しの手前のほうに『エモい』や『ばぶみ』が入っている。旅先で映える写真をたくさん撮る。自撮りも当たり前にする。写真にうつるときの口角の上げかたをわかっている。わかっていない側の私とBは少々ぎこちない口角でそれに追随する。


宮島には厳島神社のでっかい鳥居がある。そして鹿がたくさんいる。

我々が道中の店でテイクアウトした旨すぎる鰯の天ぷらは半分も食べきらないうちに鹿に襲われた。最悪である。我々は暫し硬直し、無言のままその惨劇を見守った。鹿はゆったりと、かつガツガツと鰯を平らげ、『まだありますか?』といった顔でこちらを見た。

そして鹿は手前にいたシティガールAには目もくれず我々の中で明らかに最も気の弱そうなBに向かって突進した。どうやら鹿にも人間の性格がわかるらしい。
Bは持っていた穴子丼を断固死守しようとしたが、鹿はそのビニール袋を噛みちぎってしまった。彼は鰯を取られたときより数段真剣になり、『それはだめ!!』と叫びながらそれを取り上げた。聞くところによるとビニールを誤って食べて命を落としてしまう鹿が多いのだという。自分が楽しみにしていた食料より鹿を心配するBに我々は心打たれたが、そういう優しさに漬け込まれた結果がこれなのだろうなとも思った。


その後は気を取り直し水族館を訪れた。最後に辿り着いたおみやげコーナーで、私はここ1年以上各地の水族館を訪れては探し求め続けてきた理想のペンギンと出会った。コウテイペンギンの雛の、リアリティーとデフォルメ感のバランスが絶妙のそれはもうとにかくフワッフワでこの上なく愛らしいぬいぐるみであった。即断即決購入である。
ただ、買った後にお腹の毛並みが少し乱れていることに気付いた。若干うーん…といった表情で私がそこを撫でていると、Bがその毛並みに気付き、『癖っ毛だね』と呟いた。私はその表現に感銘を受けた。
Bはほんとうに優しい人なのである。


2日目は尾道を観光した。ロープウェイに乗って景色を楽しんだり、オシャカフェで映える写真の撮り方をAに指南してもらったりした。

帰り際に立ち寄った雑貨屋さんには可愛らしいピアスや髪留め等がたくさんあり、シティガールは『時間をください』と言い残し店内へ消えていった。

残されたBと私は店先でなんとなく商品を物色していたが、その中で私はたいへん好みのイヤリングを見つけた。これは良い…と心の中で呟いていると、近づいてきたBが『これ、長井さんに似合いそう』とまさにそのイヤリングを指差して言った。即断即決購入である。


Aを待つ間、我々は2人でボンヤリと話した。

Bが『楽しかった、またいつかこんなふうに旅行に行きたいね』と言った。
私は『そんなふうに思ってくれているとは』と答えた。

Bはいつも何を考えているかよくわからないような人間なのである。そして常に他人に興味がなく、全員に対し何かしらの一線を引いている感じもする人間なのである。したがってBがこうやって自分の気持ちをストレートに表現してくれたことを私は少々意外に感じた。

『僕は愛の伝え方が下手なんよね。これ最近の悩み』とBは笑った。『僕、ここ2人のことは結構ずっと特別扱いしてるんだけどね』


向こうから、ステキな指輪を購入できご満悦の表情でこちらに帰ってくるAが見えた。


『また行きたいね』と私は早口で言った。
隣のBはもう何を考えているかわからない表情に戻っていた。

『帰ろ』とAが言い、我々は駅前ですんなり解散した。

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