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『鬼の夜ばなし6 打ち出の小槌(こづち)』

 なぜなのか、と鬼は考えていた。

 ひと振りふた振りすれば誰もがこれの虜《とりこ》になる。
 まずは米。次に金銀、続いて豪華絢爛《ごうかけんらん》な屋敷や着るもの。打ち出の小槌こづちはなんでも与えてくれるだ。
 欲が欲を生み、どうでもいいようなものも出したりする。
 いったい何に使うのか首を傾げたりするのもご愛敬あいきょうだ。
 人とはそんなもの。それがごくごく普通ではなかったか。 

 爽やかな風薫るかぜかおるある日のこと。

「里の者たちに悪さをする鬼め、退治してくれる」と声がする。
 だが声はすれども姿が見えない。よくよく目を凝らしてみれば足元に。
 針の剣を手にした若者だった。
「ぷっ、なんだこいつ」鬼は吹き出した。
 威勢いせいはいいがその豆粒ほどの風体ふうていのなんと弱弱しいこと。
「ひとひねりで返り討ちじゃ」
 と、踏みつけようとした鬼の足が止まった。
 若者に興味がわいたのだ。
――――ちんちくりんのくせに一歩も引かず向かってくるとは見上げたものだ。いや見上げているのはこいつか。それにしてもなんとまあ勇ましいことだ。
 鬼は、見届けたくなった。
「そんななりでひとりワシに向かってくるとは大したものだ。ほうびにこれをやろう」
―――さてこいつに、この打ち出の小槌こづちを授けたらどうなるのかな。

 小槌こづちを手にした若者がまずやったことは。
 犬猫にも踏みつけられないくらいの背格好になること。
―――それでもどうせいつもの顛末《てんまつ》だろう、次は金銀か。
 と鬼は思っていた。 
 だが、若者は少々の銭を出すとすぐに都へ向かった。
 想いを寄せる娘を追いかけるために。
 
 若者の住む里へ物見遊山ものみうさんに来ていた都の貴族に娘が見初めみそめられたのだ。
 親は下級の地方官吏かんり、高位の貴人に逆らえず、嫌がる娘を差し出してしまった。
 大急ぎで向かう若者だったが、都に着くとなぜかその貴族よりも格上の屋敷に奉公し始めた。
 そうして、ひたすら学びひたすら働いているのだ。
 
 若者は一向に小槌こづちを振る気配がなかった。
 しまい込んで取り出すこともない。
―――忘れてしまったのか。いやそんな馬鹿な。
 と鬼は思った。
 

 鬼は始終耳元でささやいた。
「おい、ワシの小槌こづちを使え。金銀財宝思いのままじゃ。
 そのお宝で何でも手に入れられる。家屋敷、領地、官位でさえもな。
 おい、きいておるのか」
 若者にその声は届いていなかった。毎日が忙しすぎたのだ。
 ならばと、疲れ果て眠りこんだところを夢にまぎれてまたささやいた。

「おい、ワシの小槌こづちを使えというに、なんでも思いのままじゃぞ」
 ところが
「はあ折角せっかくですがそれでは意味がないのです。誠にご親切ありがたいのですが・・・」
―――それでは意味がない、とはどういうことだ。寝ぼけているのか。ちっと働きすぎではないのか。
 
 次の夜また夢に潜り込む。
「お前の望むものは思いのままなのになぜあの小槌こづちを振らぬ。
 こんな屋敷で奉公することもないというのに」

「いえ、必要なものはもういただきました。あとは自分を鍛えるばかり。
 あのお方に恥ずかしくない男になるため学び働くのみなのでございます」

「それは、あの娘のことか。
 娘はどこぞの貴族に見初められたのだろう。
 今頃、何不自由なく暮らしておるじゃろ。
 もうお前の事なんぞ忘れておる。それより小槌こづちを振るのじゃ。
 都で一番の大金持ちになって、見返してやればよかろうに」

「いえあのお方は、貴族の申し出を拒み下働きの下女となっておるのです。
 わたしはあのお方が里を発つ前、約束したのでございます。
 あなたに相応しい男になってきっと迎えに行くと。
 あのお方は、わたしを信じて待っていてくれています。 
 わたしに小槌こづちを授けていただき誠にありがたいのですが、
 あれはわたしの決心の証、志を全うするためのお守りといたしました」
「お前というやつは、なんと愚かな。
 いや、なんという男気。う~ん、よしわかった」

 鬼は神さまのふりをして主人の夢枕に立った。厳かな神の”お告げ”風で、若者を養子にするよう告げる。
「さすれば、この家は未来永劫みらいえいごう、富栄えるだろう」
 次に娘の奉公先へ行き、そこの主人の夢にも潜り込んだ。
「あの娘は病持ちじゃ、すぐにでも里へ帰すのじゃ」
 いきなり暇を出された娘を若者は迎えに行く。もちろん夢で見たからだ。
 しばらくすると、このかつて一寸法師いっすんぼうしと呼ばれた若者は、立派な都人となり娘と幸せに暮らしたのであった。
 めでたしめでたし。

 欲にかられた人間の魂は鬼の大好物だったのだ。特に純真無垢な魂は。
 あれこれ甘言を弄しかんげんをろうし、手ぐすね引いていたのだが。
 取り逃した魂は惜しまれるが、一方で鬼は妙に清々しいすがすがしい気持ちにもなっていた。
 風薫る五月の空の下、鬼は今日も待っている。次はきっと強欲な者どもをと願いながら。

おしまい。


・『妖怪学新考』『鬼と日本人』他、多数の妖怪や鬼がらみの著書のある小松和彦氏の、その中での「なぜ一寸法師は欲を出さなかったのか?」という記述に触発され創作してみました。
 昔ばなしからも何かが見えてくる。そんな思いで創作しています。
 ご高覧たまわりありがとうございました。

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