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女性が気をつけるべきこと多すぎ問題

1人分のアイスを買うことすら危険要素になる。

「夜のコンビニでアイスを買わないで!」 一人暮らし女性に警鐘、ネットで話題になったコンビニ店員の訴え  (ENCOUNT) https://u.lin.ee/Qa40JED

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この記事を読んで、
「え、こんなこと怖いな。気をつけな。」
と思う人は山程いるだろう。

私は時に夫とジェンダーに関することがらについて話すことがある。
私にとって彼は身近な存在であり、信頼している。
人を傷つけるような人ではないことをわかっているけれど、日本で育った男性の多くと同じように無自覚に、女性の権利について蔑視していると思わざるを得ない。
なんなら当の本人はフェミニストだと自認しているが。

男性が夜にコンビニで、1人分のアイスを何の危険も感じずに買えるように、本来女性も、当たり前に1人分のアイスを買うことができるはずなのである。
身を守るために、それを選択できないということがどれだけ権利を侵害していることなのか、噛み砕いて説明しないとわからないのである。
たかだかアイスの話で、となるのである。
そんなん俺が買ってきたるやん、となるのである。
たかだかアイスの話で、権利を主張する私は女性から見ても、確かに大袈裟かもしれない。
目くじら立てている人認定されるかもしれない。

しかし、もはや女性は庇護の対象であるべきではない時代で、女性ばかりに自衛を強いる時代でもない。

アイスを買える買えないの話ではなく、こんな社会を憂うこともできない自分を恥じて欲しい。

そして夫/彼氏/息子/兄/弟/友達は、
自分が当たり前にできる(泥酔するまで飲む/夜道の一人歩き/オートロックではないマンションでの一人暮らし/下着をベランダに干す/満員電車に乗る/夜にコンビニで1人分のアイスを買うなど)
ことが全て、
妻/彼女/娘/姉/妹/友達にとって、性被害に遭う危険を回避するために、避けなければならないことである、
ということが権利を侵害している、自衛を強いている、平等ではないと気づいて欲しい。
なにも女性の管理職の割合、医大の合格者の比率、家事育児の負担だけが女性にとっての不平等、権利の侵害ではない。

いちいち目くじら立てないとわからないから立てるのである。
小さなことからコツコツとである。

西川きよし


私は、何度も見知らぬ男性絡みで恐怖体験をしている。

今でも掌に汗をかくほど怖かった体験は、19歳のころ、バイト帰り(夜の12時過ぎごろ)に駅から自宅へ徒歩で帰っていた時のことである。
歩道のない道で、後ろから車が来た気配を感じ、道をあけるために少し端へ寄ったが、クタクタな私の徒歩よりも早いはずの車は私を追い抜かない。
私の背後から照らしているはずの、ヘッドライトの灯りがないことにも気付き、振り返ると車はライトを消した状態で、私の背後を徒歩と同じ速さで進んでいたのである。
不審な感じがして走ろうかとも考えたが、当時姉と二人暮らしだった私は、家を知られると姉が危ないと感じ、こちらも不自然な動きをして、ヤバい奴と思われて追い抜いてもらう作戦を思いついた(浅はか)。

スキップをしたり、急に止まったり、反復横跳び風に進んでみたり、思いつく限りの不自然さで道を進んだが、一向に追い抜いてくれずそれどころか私の横に車をつけてきたのである。
そして車の窓が開いたので、反射的に車内に目線をやってしまった。
私は立っていたので、セダンタイプの窓は、男の顔を見るには低くて見えなかったが、下半身が丸出しだったのと、黒のレザーかナイロンの手袋をしている手元が見えたのである(!!!)。
私の演出されたヤバさは全く効かなかった。
というより数段上のヤバさだったのである。

私も男も言葉は発さなかった。
とりあえず私はヤバい奴のフリを諦め、今まで曲がったことのない、一番近くにあった角を曲がった。
住宅地の袋小路だった。
嘘やろ。行き止まりやん。と思って振り返ると男が車から降りて立っていたのである。
近づいてくる前になんとかしなくてはいけないのだが、行き止まりの道で、私は目の前があたかも自分の家かのように、鍵を探すフリをした。
少しずつ男が近づいてきていたので、姉に電話をかけた。
「あ、ごめんごめん起こした?鍵忘れたみたいでさぁ、開けてくれへん?」と言うと姉は自宅のドアを開けたらしく、「え、なに?おらんやん。なんなん。」と言ったが、「いや、ごめんって!鍵落としたんかなぁ?ないねん!開けてー。」と男に聞こえるように大きめの声で会話を続けた。
すると夜中に外で大きな話し声がしたからか、目の前のお宅の玄関灯がつき、真っ暗だった袋小路が少しだけ明るくなり、振り返ると男が車に戻って行ったのである(狂喜乱舞)。

そこでそのお宅に助けを求めるとか、そういう考えは浮かばず、今の状況私の方が不審者や!と思ってコソコソとそのお宅から離れた。
しかし、どこかで男が停車しているかもしれないと思い、袋小路の一番手前の家の車の陰に隠れた。
どのくらい経ったかわからないが、姉から電話がかかってきたので(姉はおちょくられてると思い、鍵開けて詐欺か!とキレて一方的に電話を切っていた)事情を説明したところ、
姉も電話を切った後におかしいと感じて、自転車で駅まで来てくれていたとのことだったので、いる場所を伝えたところ、鬼の速さで来てくれたのである。


上記のことからわかるように、
本当に怖い時、正しい行動なんてできないのである。
この場合の正しい行動とは、
車につけられてるとわかった時に警察へ電話するとか
袋小路に入った時点で片っ端からチャイムを押して助けを求めるとか
だったのだとは思うが、なぜか人に助けを求めるなんてことは思い浮かばない。
なんとか切り抜けようという考えで、私の場合は斜め上の方向に行動していたのである。

そしてその後私は通報もしなかった。
それも今考えるとすればよかったことではあるが、顔も見ていない、ナンバーもわからない、車の車種もわからない状態で誰も相手にしてくれないと考えてしまったのである。

だから性被害に遭った方に対して、なぜその時抵抗しなかったのかということや、助けを求めなかったのかという疑問を持たれる方々の考え方は正しく、これらの対応が正しいものであると思う。
しかし、その状況に陥った時100%正しい判断で、100%正しい対応ができるという人がどれだけいるのだろうか。
私にはできなかった。
正しさでいえば0%である。

私は怖いという思いをしただけで済んだが(目くじら的に言えば、この考えもおかしい。夜道を1人で歩いたからといって、怖い思いをさせられる筋合いはないのだ)、
怖い思いがトラウマになって(PTSDなど)、外に出られなくなる、人生が思うように開けなくなることもある。

まずは夫のエセフェミニズムから、改めていただくとしよう。

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