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福岡県宗像市大島へ移住した画家、一息ついた3カ月目

月1回のペースでお送りする、「Oh!! 島セキララ記」。京都から福岡県宗像市の大島に移住した井口真理子さんが、島に移っての「セキララ」な日常を綴ります。移住3カ月目を振り返る今回は、バタバタだった生活が落ち着いて「一息ついた」時間となったといいます。

子どもと大人に絵画教室を開催

移住後、約3カ月が経過した。
家づくりやスタジオDIY、壁画制作や個展開催など、アクセルを踏みっぱなしの2ヶ月間と比べ、8月はようやくブレーキをかけて一息ついた1カ月だった。

「umiba」での絵画教室の開催、京都への帰省と五山の送り火、メディア取材と対談、家・スタジオづくりの仕上げといったことが主な内容だ。

まずは、初めての絵画教室について。子どもの部と、大人の部の2部構成で実施しており、子どもの部では、島の子どもたちがママさんたちと一緒にたくさん参加してくれた。

子どもの部は幼児〜小学生が対象で、「自分の感性を発見する」機会になればいいなと考えている。上手に描くことよりも「なんかこの色好き」とか、「なんかこの形が好き」といった自分の感性を発見し、肯定できる体験を積むことで、世界をより楽しめるように、という願いを込めている。

実際に教室をやってみると、そんな自分の願いを超えて子どもたちは実にのびのびと表現してくれた。

まずは皆でフィールドワークし、「なんか好きなもの」を拾ってもらった。花を摘んでくる子もいれば、石を拾う子も。面白かったのは、大半の子が石を拾っていたことだ。私も石の作品を作ったりしているので、内心そのチョイスに共感してニヤニヤしていた。また大島には南国情緒のある綺麗な花もたくさん咲いているので、思わず見惚れてしまう。

散策のあとは「umiba」に戻り、選んできたものを前に、一人ずつ用意したB4のスケッチブックに小さく描いたり、大きく描いたりしてみよう、と促す。

子どもたちの素晴らしいところは、そのモチーフを飛び越えて、自己の内的ファンタジーの赴くままに、どんどん、新たなイメージが増殖していくことだ。

石を描いていたと思いきや、突如おにぎりが登場したり、お花からかわいい少女の群像が現れたり、石そのものに着色し始め、それを絵の上に設(しつら)えてみたり。

そんな気ままな創作ぶりに関心しながら、「お〜そう来ましたか(笑)」とクスリとさせられる、自分自身新たな発見の多い時間となった。

終盤は、ちぎり絵+コラージュをしたり、作品にタイトルをつけてもらって、最後に作品と一緒に一人ずつ記念撮影。

子どもたちの想像力が炸裂!

メディテーションとしてのデッサン

大人の部では、本格的な鉛筆デッサンのコースを用意した。
嬉しかったのは、島外からも参加してくださった方々がいたことだ。7月の個展でたまたま見に来てくれて知り合った、素敵なカップルのお二人。
絵画教室のことを伝えたら、参加してみたい! と、わざわざ海を渡って来てくれたのである。他にも、島のママさんの妹さんが本土から来てくれたり、絵画教室が島内外の人々の交流の場となった。

モチーフは「描きたい果物一個」というお題にした。
ぶどうに桃、甘夏など季節の果物が並び、「これから描くぞ」と皆さんの士気も高まる。一人ずつ用意したB4のスケッチブックから1枚、台紙を切り取ってもらう。その上に各果物を、「いい感じ」な角度で配置するよう伝える。皆さんのセンスがきらりと光る位置、構図となっていた。

描き出す前に、簡単にデッサンについてレクチャー。
①光と影について
②線と面について
③道具(鉛筆)と仲良くなることについて
という3点について解説し、描き出す前に、モチーフを触ったり、よく観察してもらった。  

どこが一番光が当たって明るいのか、どこが一番影になって暗いのか。
ツルツルなのか、ゴツゴツなのか、フワフワなのか。
よく見ると、表皮から内部の実の分割面が見えてくること。
などなど。

対象物を写実的に描くこと、つまりデッサンは、描くこと以上に「見ること」のトレーニングであると思う。私が初めてこのトレーニングをしたのは中学生の時だったが、よく見すぎた結果、半年で視力が半減したくらいだ。そしてメガネ(コンタクト)人生が幕を開けたのだった。

トレーニングさえすれば、絵心が不要で誰でも描けるようになるかと言われれば、断言はできない。けれど、一種のトレーニングである以上、回数を重ね、意欲があれば上達すると思う。少なくとも「見る力」はかなり養われるだろう。

この見る力をつけることは、世界を楽しむ力でもある。見る力があると、アタマの中でイメージを二次元的、三次元的、色彩的、時には映像的に生み出し、編集することができる。そこに「描く力」が加わることで、現実世界に出力できるのだ。

それは芸術的所作にかかわらず、人生のあらゆる場面において何かと役立つ能力ではないだろうか。人は視覚情報から最も多くの刺激を受けるというし。

そういうわけで、「絵が苦手なので...」といった自己暗示や、「上手く描かないといけない...」といった余計なプレッシャーなどを感じずに、大人になってからでも気軽にデッサンをしてみることを、多くの人にお勧めしたい。

なにより、デッサンはかなりメディテーションになる。
実際、今回初めてデッサンをした、という方からも「これは、瞑想ですね.....」という感想を聞いた。

夢中でモチーフと向き合う。よく見て、手から鉛筆を伝って、紙上に再現していく。その時間は確かに、瞑想だ。自己との静かな対話、と言ってもいいかもしれない。

デッサン楽しかった、と嬉しいご感想をいただく

絵画教室で実験する「交換経済」

最後に合評をして絵画教室を無事終えると、私は両手いっぱいの「食料」を抱えていた。
そう、それは参加費としていただいたものたちだ。

私はこの絵画教室で、ある小さな実験をしている。
それは「交換経済」である。島にないモノゴトを提供し、その対価として、金銭の代わりに何か食料を分けていただく、というものだ。
これがとっても楽しい。島外の方からは島では買えない美味しいものを、島内の方からは獲れたてのお野菜などを、いろいろいただいた。

自分で買うよりも、皆さんのチョイスのおかげでバリエーション豊かな食との出会いがあるし、「これがいいかな」とチョイスしてくれる、その気持ちも嬉しい。

実質、お金プラスαの価値があるのだ。普通に自分で消費して手に入れるよりも、満足度、幸福度が上がる気がする。これからも実践していこう。

住み慣れた街も違って見える

その翌週は京都に里帰り。

6月にも一度帰っているので、まだ2ヶ月振りくらいなのだが、なんだかすでに新鮮だった。京都駅から地下鉄に乗り換え、四条駅下車。烏丸付近を散策していると、観光客の気分が味わえた。それが楽しくもあり、ちょっぴり寂しくもあった。

当たり前だったものが、にわかに距離感のある存在へと変わってしまったということだ。しかしそんな郷愁に浸るも束の間、サウナの如き、盆地京都の湿度と暑さに意識を完全に奪われるのだった。

地元の好きなお庭、詩仙堂にて

今回の京都滞在では、お寺や庭園散策、美術鑑賞の他、行きつけのレストラン、大衆食堂やカフェなどを巡り、島では食べられないものを暴飲暴食(満足)してしまう結果となった。「せっかくだから.....」は魔法の言葉であり、最強の言い訳である。

16日には毎年恒例の五山の送り火を家族と見た。
お盆には必ずこの送り火を見納めないと、なんだか落ち着かず、夏を納められない気になってしまうのは、京都人の性質だろうか。今年は点火前後に雨が降り、合間を縫うように灯された奇跡的な送り火であった。

大島の海に抱かれて

翌日、島に戻ると、ふと京都を恋しく感じている自分に気がついた。
ああ、これはホームシックなんや......と。しばらくなんとなく気分が上がらない日が続いたが、ふと「海に入ってみよう」と思い立つ。

そういえば、大島に移住してからまだ海に入っていなかった。

濡れても大丈夫な服を着て、サンダルを履いたまま、海にザブンと浸かってみる。大島の海は透き通って綺麗で、まろやかだ。その時は引き潮で水位も低く、波も穏やかだったので、そっと海面に身体を浮かせてみた。

すると.....なんとも気持ちがいい。ほどよく鼓膜が塞がれ、聞こえるのは自分の呼吸音と、波に洗われる砂の音。身体は海に包まれ、顔は風に触れて、目にはただ雄大な空だけが映っていた。波と同じリズムで身体が揺れて、地球と一体になったような感覚だ。そのとき、神様に「大丈夫やで〜」と囁かれたような気がした。

不思議なもので、その海の一件からホームシックは消え去り、みるみる元気になったのだ。海の力か、大島の神様の御神力か......ありがたや。

浮かんでいるだけで癒されていく

8月はメディア取材も受けた。

また糀屋さんとの対談もあった。

次なる作品制作の前に、いよいよ家とアトリエづくりの仕上げにも取り掛かった。

アトリエは過去増築されたと思しき平家部分が母屋にくっついた形状で、その平家部分の天井には虫の経路となる穴がたくさん残っていた。そこでパートナーのキースにも手伝ってもらい、シーリング材で片っ端から穴を塞いでいった。

虫の侵入防止だけでなく、秋から冬にかけて堪えるであろう、隙間風を塞ぐためでもある。

そういえば、下旬あたりから朝晩はすっかり涼しくなったな。
近頃は夜になるとあたり一面こおろぎの合唱が響き渡り、もう秋が顔を出している。

島のおじいちゃんと談笑

2022年9月4日

井口真理子
1990年京都市生まれ。2022年、福岡県宗像市大島に移住。 過去-現在-未来を通して、人間とは何かという問いを焦点に、 近年はサピエンスの未来を描いた絵画シリーズ「NEW PEOPLE」を制作。 2013年、京都市立芸術大学を卒業後、市内のアトリエを拠点に活動。 直近の主な展覧会に、個展 /「PLAYLAND」(2021年 福岡)、 「ONGOING」(2020年 京都)のほか、グループ展 /「パラレール」(2020 年 京都)など。 https://marikoiguchi.com/

この連載はほぼ月イチ更新です。次回をお楽しみに!

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