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地域はなぜ衰退してしまうのか?1 地域住民の意識が地域衰退の原因に


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ローカルツーリズム株式会社代表の糀屋総一朗です。私は現在、地域の価値を再定義し、その地域で経済がまわる仕組み「地域循環経済」の実現を目指して日々活動しています。ここではまずそもそもなぜ地域が衰退してしまうのかについて書いていきます。

「地方」「地域」の言葉について、前提を説明しておきたいと思います。地方は、通常は三大都市圏をのぞいた地域を意味しています。地域は、地形が似通っている、同じ性質をもっているなどの理由からひとまとめにされる土地のことです。

僕は、地域を単なる任意の区域の広がりと定義せず、個性的な内容を有する広がりとしてとらえています。地域を活性化するといったときには、そのような地域を設定することが重要で、地域にそのような意味をこめるべきと考えています。

宗像市大島は恵まれた島だが……

九州の北、福岡県宗像市に大島という離島があります。人口は2021年9月末現在で575人。神の島とも言われる沖ノ島を守り続けてきた伝統もあり、世界遺産にも認定された地域で、さまざまな魅力のあるスポットです。筑前海域有数の漁場であることを生かし、労働者の半数以上が漁業協同組合員であり漁師の割合が多く、漁業が基盤産業という素朴な田舎町です。

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私はこの大島で、2年前の2019年から『MINAWA』という宿泊施設の立ち上げと経営に携わっています。一泊10万円以上。1日1組限定の貸切専用に特化した宿泊施設です。

当初は地元の人たちからは、「大島でそんな高い宿やっても誰もこんやろ」、「東京の人は考える事わからん」と哀れみの目で見られてのスタートで、運営は苦難の連続。詳しくは追ってお話しますが、オープンから2年目にしてようやく筋道が見えてきたところです。

私にとって『MINAWA』の事業は、当初は純粋にビジネスの手段でした。島の魅力に気づいた私は「ここに宿泊施設を作ればビジネスになる」と、シンプルにそう考えたのです。

しかし、事業を進めていくうちに大島の実情を知り、新たな視点が生まれたのです。現地で人を雇用してビジネスで稼ぐということだけではなく、地域にお金が循環する仕組みをつくることが重要。それが「エリアリノベーション」という考え方でした。そして、これは私の造語ですが「ローカルエリート」の育成機関構想や技術水準の共有のためのWebメディアの立ち上げ(このnoteです)などにつながっています。

日本では、地域の衰退というと、人口が減少することとして理解されていることが多いと思われます。増田レポート(2014年、増田寛也氏を座長とする日本創成会議が行った日本の将来像についての発表)の「地方消滅」という言葉が関係者に衝撃を与えたこともあり、人口が減少すると地域が消滅していまうという印象が強いのかもしれません。行政も地域の人口を増やすことを地域創生のひとつの目標としていることがあります。

しかし、私は人口の減少が地域の衰退に直結するとは思っていません。みなさんの中には、私が人口が減少し続ける大島の話をしているので、大島が人口減少により衰退していると主張するのだと思われたかもしれませんが決してそういう意味ではありません。

もちろん、のちほどお話するように人口が減少することによってインフラの維持や共同体の紐帯の消滅などにつながる恐れもありますので、人口減少の問題を過小評価しているわけでもありません。私は、人口減少を前提とした戦略にもとづき、地域の生き残りをめざしていくべきということを考えているのです。

地域の衰退とは何か?

では、地域が衰退するということは何を指しているのでしょうか?人口がどんどん減っていくこと? 高齢者の割合が増えること? 賃金が減っていくこと? 地域の衰退は人によって意味合いが異なります。ここでは私なりの考え方をまとめてみます。

地域の衰退といった場合に、それを語る人によっていろいろな定義があり得るでしょう。たとえば、地域の総所得や1人あたりの所得が減少することを地域の衰退という人もいますし、人口増加や賃金率の減少を地域の衰退という人もいます。ですので、地域の衰退といったときに、その人が地域の衰退をどう定義しているかを確認することがとても大切です。

私が地域の衰退をどう考えているか。私は、地域の衰退を「ヒト・モノ・カネの流出による1人あたりの所得の低下である」と定義しています。勘違いしてほしくないのは、1人あたりの所得が増加するだけで地域は発展するということを言っているわけではないということです。地域の発展の「必要条件」が1人あたりの所得の増加であると言っているのです。これがなければ、地域を発展させる投資ができないし、地域の産業が縮小していくことになります。経済学者の飯田泰之先生も同様のことを著書の中で書いています(「地域再生の失敗学」光文社新書)。

たとえば沖縄の例を考えてみましょう。コロナ前の数値となりますが、沖縄の1人あたり所得は239万1千円(2018年)と日本ワーストです。その要因はいくつか考えられますが、沖縄が稼いだお金が域外に流出していることが大きな原因の一つとなっています。沖縄に進出するホテルはナショナルや本土のチェーンだし、移動のレンタカーもほぼ本土チェーンです。物産の県内製造率も6割しかありません。結果として観光業の売上が成長しても沖縄にお金は落ちない構造になっているのです。

経済学的に、1人あたりの所得をあげる要素はほぼ定式化されています。それは、技術水準(人材教育や研究開発など)を上昇させて、1人あたりの資本ストックを上昇させていくことです。資本の定義も、それを語る人によって大きく異なりますが、私は下記にまとめた3つの資本、つまり金融資本、人的資本、社会資本を資本ストックとして定義しています。

蓄積すべき資本と資本を蓄積させる技術水準

1人あたり所得を上昇させるために必要な3つの資本と、資本を蓄積させる技術水準についてまとめます。

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大島の産業は水産業が基盤産業です。水産業のようなパイが決まっている一次産業においては人口減少により1人あたり所得が増加する傾向にあり、大島の漁獲高と漁師人口から計算するとたしかにその傾向に合致しています。その点で、地域の衰退の兆候はないようにもみえます。

しかし、この20年程で漁獲高は半分程度になっています。また、気候変動の影響などによる自然環境の変化により漁獲高に大きなショックが起きる可能性もあり、水産業の「一本足打法」では産業構造としては不安定な側面もあります。産業のモノ(単一)カルチャー化を避けるためにも、地域資本により多様な事業を興していき、金融資本を蓄積していくことが大事でしょう。

そのために、私は「エリアリノベーションファンド」というファンドを構想し、実際に投資をはじめています。詳しくは後述しますが、労働所得だけではなく、地域の金融資本ストックを蓄積させて資本所得も得ていく仕組みとして考えたものです。

また大島には飲食やホスピタリティに関する人材が少ないことも問題です。私のような都市生活者からみたら、高額の飲食サービスや宿泊業を展開できる、貴重な地域資源のある場所なのに人材不足が原因で、なかなか事業を組み立てれない。それは、本当にもったいないと考えています。

そのためには、人材を育成する教育機関なり仕組み、つまり人にちゃんと投資をして人的資本を地域に蓄積していくことが必要になるのです。地域から人がどんどんいなくなる、全然地域が盛り上がらないといっても、地域がちゃんと人に投資をしているのか?という視点が必要です。

大島は沖ノ島、大島、本土に祀られる三女神により構成される宗像大社による、強い宗教的共同体を形成しています。また集団で漁に向かうなどの習慣もあり、身体的な共同性も強いコミュニティといえます。こういった共同体意識の維持は、65才以上の人が全人口のほぼ50%近くとなり、大島への人口流入も少ない状況において将来的に困難となる可能性もあります。

さきほど人口減少は、そのまま衰退とイコールではないと書きましたが、やはり地域には共同体を維持するための一定数の人口は必要ではあるのです。

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沖ノ島(宗像大社HPより)

以上のことからも、大島の1人あたり所得は現状で衰退しているということはありませんが、3つの資本の流失もしくは流失の兆候は確実に生じており、これをいまのうちに改善することが大島の衰退を防ぐことになります。

そういった現状を踏まえると、私にとっての『MINAWA』は、もはや単なるお金儲けだけのビジネスの場ではなくなってきています。『MINAWA』の存在をきっかけに、島の状況を変えていくことができないか?そんな気持ちから、地域復興を目的とした「エリアリノベーション」の先鋒として、成功に導かなければならない存在になっているのです。

地域住民の意識が衰退を招く

ところでなぜ、そもそも島の住民でもない私が、そこまで島の将来について腐心するようになったか。それには理由があります。それは、地域衰退の大きな原因の一つに、住民の意識の問題があり、地域住民だけでは地域衰退を止めることが難しい構造的な原因に気付いたからです。

外部からやってきた私のような人間から「住民の意識が足りないから、衰退するのだ」と言われたら、現地では嫌な顔をされるに決まっています。ですが、これは本当のことです。地域復興のために「やるべきこと」ができていないのです。

言いづらいことですが、地域の魅力が衰退していくのを止められない原因は、やはり地域住民にもあるんです。外部者のお前が言うな、と言われてしまいそうなことではありますが、やっぱり言っておかなくてはいけません。

そして、のちほどお話しますが、それは構造的な問題であり「仕方ない」ことだとも思っています。だから、私は「外部の力なくしては地域復興というのは不可能ではないにせよ、難しいのではないか?」と考えています。

いったい、地域の人たちの何が問題なのか?そして、なぜ外部の力が必要なのか?私のような人間が「エリアリノベーション」に拘らねばならないのか?それを説明する前に、まず、私と大島の出会いについてお話ししなくてはなりません。

大島との出会い

そもそも、私は大島にまったく縁がありませんでした。私は岐阜県の高山出身で、2年前までは来たこともない場所です。ただ、もともと古い建物のリノベーションの仕事をしていたことが、出会うきっかけを作ってくれました。

今ではもう売ってしまったので私のものではありませんが、福岡で『F-GARAGE』という不動産を持っていたことがありました。場所は福岡市の清川というところです。そのエリアはいわゆる昔の赤線地帯、遊郭があった花街です。そこにあった日雇い労働者のための木賃宿だった物件なのですが、当時は使われなくなって久しく空き家になっていました。そこで、その建物をリノベーションして一階をレストラン、二階がシェアオフィスという複合施設にしました。外観はかなり古い建物ですが、内装はリノベーションを施しました。使われなくなった建物を、別の形で再利用することは、事業としても面白いものでした。

その時に、デザインプロデュースをしてくれた谷口竜平くんが宗像市の人でした。彼は相続した広大な土地を開拓してツリーハウスをつくったり、ゲストハウスを運営したり、宗像市の役所の仕事を受けたりしていて、地域のハブになっているキーパーソンです。その谷口くんから「大島にいい物件があるから1回来てみない?」と誘われました。それが、大島との最初の出会いでした。 

島のファーストインプレッションは「本当に何も手がついてない場所だな」という感じでした。観光地ではあるんですが、誰かが入り込んで開発したような跡も全くない。信じられないぐらい何の手もついてないところでした。例えば丘の上に風車があります。単なる飾りの風車ですが、なかなかいい場所です。今は馬の牧場になっている「砲台跡」と呼ばれる場所も美しく印象的でした。まず、自然の風景に惹かれ、これは「価値がある」と確信しました。

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街の素朴さも好印象だったポイントです。例えば、街のあちこちにダサい落書きがあるような雰囲気がったり、ケバケバした看板がいっぱい出ていたりとか……、そういった民度の低さみたいなところは一切ありませんでした。そういう素朴な街に「可能性」を感じたというのが正直なところです。

ただ、何もかもが完璧だったというわけではありません。もし、私の理想通り、完璧に整っている島だったら、魅力を感じなかった可能性もあります。素朴さと同時に、私の力で「何とかできそうな要素」がいろいろ見える。のりしろが見える。そういう感覚が確かにありました。

決定打になったのは、のちに「MINAWA」となる物件です。最初に見た時点で気に入りました。大島には他にも別荘地がありますが、海が見えなかったり、日当たりが悪かったりと、あまりいい環境にありません。そんな中でも、この物件は景観が奇跡的に最高でした。何より窓から見えるビューが素晴らしかった。これまでに見たことのない風景が広がっている。そこに魅力を感じて決意を固めました。これは自分がやるしかない、と。

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MINAWAのテラスからみた灯台と海

MINAWAを作っていく上での気づき

ただ、その時点ではまだ「エリアリノベーション」というものに本気で取り組もうという気持ちがあったわけではないのが事実です。

最初に構想していたのは、空いている物件をなるべく安く借りた上で、現代風にリノベーションして、それなりの利益をあげられる宿泊施設にしようというプランです。この物件のロケーションなら、都会の人たちを呼び込むには十分魅力的な宿泊施設が作れる。現状、他の民宿や旅館は庶民的なものばかりだけれど、ある程度ラグジュアリー感のある宿であるならライバルはいない。宿泊料金もある程度高めに担保する代わりに、きちんとしたサービスを提供すれば富裕層向けのリゾートとして成功するだろう。それが、私の最初の考えだったんです。この時点では既存のビジネスの考え方の延長線上での考え方にとどまっていたといっていいでしょう。

計画を進めるにあたって、まずデザイナーの谷口くんと、もう一人、大島で整骨院をやっていた田中さんという方と三人で「島の活性化」を目的とした「合同会社渡海屋」という会社を立ち上げました。まずは「カッコいい宿を作りたい」という無邪気な気持ちが優先しました。これがうまくいけば、さらに同じような宿を全国的に展開していきたいと。それは、私がそれまで携わってきたビジネスの延長線でした。

ところが、島の人たちとの会話の中で違和感を感じ始めました。これからお世話になるであろう島の人たちにご挨拶に行き「今度、一泊10万円の宿をやりたいんです」と話したところ「この島でそんな値段だったら誰も来ない」とか、「民宿がいいところなので、高い宿なんて上手くいかん」と言われました。正直、外部から入り込んできた自分への反感や抵抗であれば理解もできたんです。ところが、島の皆さんの反応は、なんとなく半笑い的で……哀れみに近い……。「東京から勘違いしたやつがきたぞ」という目線です。頭おかしい人が迷い込んできちゃった、みたいな捉えられ方をしていたと思います。

そういう意味で、敵視されたというよりは、静観されました。多分、私のやろうとしていることを理解できなかったのではないかと思うのです。不思議な感覚でした。私は、そこで気づいたんです。

「あれ?この島の魅力に、島の人たち自信が気付いてない」と。

住民には測れない地域の価値

私のように、外部から地域へと入り込んだ人間かからはとても言いづらいことなのですが、今、「地域」を憂鬱にさせているもの、「地域」を駄目にしているものは何かといえば、すべてでではありませんが、地域の住民の皆さんでもあるということです。何よりも、自分たちの住む場所の良さを、利点を冷静に判断できなくなってしまっているのです。

実際に私が事業を始めるにあたり、当初はかなりの日数を大島で過ごし、月の3分の1ほどを島で暮らすようになって2年。地域に入り込んで考えたのはそこでした。2年だけ島に住んでいるだけの僕ですら、徐々に「地域の魅力」や「地域への感動」というものが薄れていくという実感があります。ましてや、そこに何十年と住んでる人たちが、地域の価値を評価するのは難しいのではないでしょうか?

風景写真を撮影するカメラマンたちの世界でも、同じような現象があると聞きました。撮影地に定住すると、被写体への感動が薄れてしまい、良い写真が撮れなくなってくるのだそうです。例えば大島は、海がとても綺麗です。都会では見たことがないくらいの美しい星空だってあります。でも、そんな事はずっと住んでいる人たちにとっては生まれた時からの常識です。そこに価値があるのかどうか? と気づくきっかけがありません。都市部の人たちの価値とずれてしまっているわけで、これはある意味仕方のないことだとも言えるのです。

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