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秘密の爆弾を貴方に

今から35年ほど前「3年目の浮気」というデュエット・ソングが大ヒットした。

この曲のカラオケ映像で「両手をついてあやまったって許してあげない」という女性パートのバックに映っている女の顔は怒ったふりをしながら笑っている。

これは、浮気がばれたときは「こうであってほしい」という男の願望なのだろうか?

今だったら炎上するかもしれない……。

2016年「ゲス不倫」という言葉が、流行語大賞のトップテンに入った。その年のワイドショーや週刊誌は、連日さまざま有名人の不倫を報じ、論じていた。一般人の中にも不倫をした有名人を叩く人がいた。テレビ局やラジオ局、CMのスポンサーにまで抗議をした人もいるようだ。

どうして人は他人の男女関係に口出しをしたくなるのだろうか?

今日のサンジャポも、とある有名人の不倫報道で盛り上がっていた。まったく興味のない話題だ。「まあ、サンジャポだし……」と心の中でつぶやいた。けれども、何故か不倫ニュースのBGMの歌詞が心にチクっと刺さった。

~だから報われない気持ちも整理して 生きていきたいの 普通でしょう?

次の瞬間、長い間、想い出すことがなかった光景が鮮明に目の前に現れた。

その曲が伝えたいメッセージが何なのかは知らない。ただ、その当時の私は、報われない気持ちの整理の仕方が分からなかった。

あのときの私はどうすれば良かったのだろう……。


               ※※※※※


あれは日曜日の夜だった。
ワンルームの部屋に電話の音が鳴り響いた。簡単な用事はポケベルで済ませていた時代。こんな時間に電話をかけてくるのは、よっぽどのことだ。嫌な予感がした。

「あんた知ってたんでしょ!」

電話は地元の女友達からだった。彼女は、収まらない怒りのはけ口をやっと見つけたかのようだった。大学に進学してから連絡を取ったことはなかった。どうやってこの電話番号を知ったのだろうか?と一瞬考えた。けれども、なぜ怒りが向けられているのかは、すぐに察しがついた。

あの人たちのことか……。


               ※※※※※


あの日、田舎の女子高校生2人は、ホテルの窓から初めて見る東京の夜景に圧倒されていた。
光り輝く無数のライトに気分が高揚したのか、彼女は秘密の話をはじめた。

そうだったんだ……。

その話を聞いた私は、表面上は不思議なほど冷静だった。
何となく気づいていたからかもしれないし、現実として受け止めることができなかったからかもしれない。

それでも、不意に受け取ることになった爆弾を、そっと心の奥に片付けた。
本命受験の前夜だった。

男のことはよく知っていた。
男の妻のこともよく知っていた。
お互いが尊重し合っている素敵な夫婦だと思っていた。

男、男の妻、友人が3人で笑い合う姿を何度も見たことがあった。

ふいに笑い合う3人の顔が目の前に現れた。
そして、3人の笑顔の奥から別の顔がすーっと浮かび上がってきたのだ。

18歳の高校生は知った。
男と女の関係はピュアなものだけではないということを。


私だけ受験に失敗した。
辛かった。あの爆弾のせいにしたかった。
でも、できなかった。ただの実力不足。
それ以上でも、それ以下でもなかった。


               ※※※※※


電話をかけてきた友達は泣いていた。
とにかく、その怒りと苦しみを受け止めるふりをしていた。

全ての出来事はテレビドラマのようだった。
私はただの視聴者。
そのドラマからは何も感じられなかった。
感情はあの日あのホテルの部屋で渡された爆弾と一緒に、鍵をかけて誰にも見つからないところにしまい込んでしまった。整理はできていなかったが、とにかく片付けたのだ。

彼女だって、私と同じ視聴者のはずだ。
登場人物ではない。

どうして泣いているのだろう?
信頼していた大人に裏切られた絶望なのか?
それとも、男に抱いていた幻想が崩れ落ちたからなのか?
私にはわからなかった。

結局、何も解決しないまま電話は切られた。
ため息をつき、うつろな目で受話器を見つめていると、テレビから葉加瀬太郎のバイオリンが静かに流れ出した。

脳裏には、あの日の東京の夜景が広がった。

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