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忘れられない叫び声

あれは何時ごろだったのだろうか?

どこからか聞こえてくる、うめき声のようなもの。私の心臓は、ドクン、ドクンと大きく音を立てはじめた。そのスピードはどんどん速くなっていった。

どうすればいい?聞こえなくなるまで、じっとしていようかとも考えた。けれども、何だか胸騒ぎがしたので、二階の自分の部屋から出て、恐る恐る階段を下った。階段を下っている間に声の正体がわかった。

玄関でよつんばいになった祖母が、「母さーん、母さーん」と叫んでいたのだ。どうしたらいいのかわからなかった私は、眠っていた父と母を起こした。

祖母は認知症だった。

身体が不自由になり、1人暮らしができなくなった祖母は実家で暮らしていた。あの叫び声は、祖母が実家で暮らすようになってから、私がはじめて帰省したときに聞いたのだ。

部屋に戻ってからも、心臓は大きな音を立てていた。怖いような、悲しいような、それまでに感じたことのなかった何か……。

祖母は100歳まで生きた。
私の両親と同居していた期間は、そんなに長くはなかった。
晩年は、ほぼ寝たきりで、施設で暮らしていた。

私はときどき考える。

祖母にとって、どんどん記憶を失い、話すことも、体を動かすこともできなくなってからの人生はどんなものだったのだろうか……と。

もちろん、本人が答えてくれることはないのだけれども。


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両親は元気だ。ただ、会うたびに「歳をとったな」と感じる。
そして、「いつまでこうしていられるかわからない」なんて言われると、どうしようもなく切ない気持ちになってしまう。

私は「居場所や生きる目的を失ったときに、人は壊れていく」ということを知っている。だからこそ、親にはいろいろな意味で現役のままでいてほしい。

老いていくことで、どんどん失っていくのではなく、最後まで積み上げていく人生を送ることはできないだろうか?と考える。

そのために私ができることは何かあるだろうか?

ただ、祖母の叫び声を思い出すたびに、無力だった自分に対して行き場のない感情が湧き上がる。あれから20年が過ぎた。今のわたしがあの場所にいたら、少しは役に立てるだろうか?


お盆だから気持ちは届くかもしれない。

「ばあちゃん、ごめんなさい。あのとき、何もしてあげられなかったね。」

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