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予知夢/短編小説

 友人が電子レンジに卵を入れていた。
「おい、そんなことしたら……」俺が慌てて声をかけるも間に合わず。レンジの中から爆発音が聞こえた。
 彼はゆっくりとレンジの扉を開き「よし」と小さく拳を握った。
「いや、よしじゃないよ。何やってるの」
「卵を爆発させてる」
「俺の訊き方が悪かった。なんで卵を爆発させてるの」
 すると友人は急に顔を真っ赤にして怒鳴った。「こっちだってな! 大変なんだよ!」
「……マジでどうした」
「感情を爆発させてる」
 少し間をあけてもう一度訊く。今度は冷静に話してくれた。
「実は、爆発の夢を見て。ほら、毎月二十日は予知夢の日だから」
「さらっと言うなよ。なにそれ」
「僕、毎月二十日の夜に見た夢が本当になるんだ。だから爆発が簡単なもので済むように身近なものを爆破してるのさ」
「にわかには信じがたいが……」
「先月は大雨の夢を見た」
「……先月? そんなに降ったか?」
「傘を持って出かけたんだけど、降らなかった。代わりに彼女に振られた」
「……あのときか」
「泣いたよ。大泣き。僕が見た夢は雨じゃなくて涙だったんだ」
 そのとき、つけっぱなしになっていたテレビが速報を伝えた。
《S市K区の民家で立てこもり事件発生! 犯人は爆発物を所持してる模様!》
 俺たちは顔を見合わせた。「これだ!」友人は走り出した。「おい、お前が向かったって、どうにもならんだろ」
「この予知夢は僕が経験しなきゃ終わらないんだ。だから行かなきゃ」
 彼の力強い口調は俺を黙らせるのに十分な説得力を持っていた。だがしかし。爆発を経験するなんて無茶、見過ごせない。

 現場には規制線が張られていた。警察が近隣住民に避難誘導している。予知夢を見たなんて、警察には関係ない。俺たちも避難するよう促された。
 友人は遠巻きに二階の窓を見つめていた。「あそこにいるのは間違いない。夢の爆発は頭上で起きたんだ」
「なあ、今からでも遅くはない。逃げようぜ」
「君だけでも逃げてくれ。僕の巻き添えを食らわすわけにはいかない」
「お前の巻き添えじゃねーよ。犯人の、だろ」
 俺がそう言うと、友人は口元だけで微笑んだ。「時々考えるんだ。実際に起こることを予知して夢を見ているのか、それとも僕が夢を見たせいでことが起こるのか。後者なのだとしたら、僕はしっかりとそれを見届けて終わらせる責任がある。君は無関係だ。逃げてくれ」
 現場から少し離れた通りで俺たちは立ち尽くしていた。どこかの家の窓からのんきな風鈴の音が聞こえてくる。
「あ〜あ、面倒くさいことになっちゃったな」と、俺は通りに座り込んだ。
「なにを……」
「こうなったのも何かの縁だ。俺も最後まで付き合ってやる」
 友人は血相を変えて俺の肩をつかんだ。
 そのとき。
 警察官がざわめきだした。人越しに声が伝わってくる。「犯人が投降したようだ!」
 結局、犯人は爆発物など所持しておらず、怪我人もないまま事件は解決した。
 俺たちは事件発生の一報を聞いたときのように、再び顔を見合わせた。
 
 辺りはすっかり暗くなっていた。俺たちは爆発に巻き込まれなくてすんだ安堵感と、拍子抜けしたような空虚感の狭間にいた。
「……まあ、なんにせよ、でかい爆発が起こらなくてよかった」と俺。「いや、別にお前の予知夢を疑っているわけじゃないよ。ひょっとしたらあの卵で終わったのかも……」
 納得しきれない表情を浮かべる友人の背後で轟音が響いた。俺たちは二人そろって振り返った。
 ビルとビルとの間から、夜空に咲いた打ち上げ花火が見えた。
「……頭上の爆発。これだよ、これ」
 立て続けに三発。
「もっと近くまで行こう。いいかな?」と友人が笑う。「もちろん。お前の予知夢、最後まで付き合うって言っただろ」
 俺たちは、響き渡る轟音と鮮やかな大輪の花に向かって歩き出した。

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