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女装綺麗時代のコント考

最近やっと気がついた。コントの中で女装して綺麗な人が増えている。というか、メイクだったり、服装だったりを研究して、綺麗になる努力をしている人が多くなってきた。それに、そういった努力を好きで進んでやっている人もいる。

これまで、女装の笑いは、その「似合ってなさ」から来るものであったと思う。けれど、今は一方を完全に女性として見せて、男女の関係性の中に笑いがある感じだ。
今パッと思い付くのはよしもと所属の「レインボー」。女装が綺麗で、でも笑いを生むのは女性に振り回される男性、という構図など。男性コンビであるということを知らずに見た時、女性の見た目で笑うことはないのではないだろうか。女装と気づかない可能性もある。

これは、「人の見た目を他人がジャッジすべきでない」という社会の考え方の影響を受けているのかもしれない。好んで何かを着る人に対して、笑うことなく受け入れること。その先に、見た目で笑わせる必要はないという発想が広まっているのではないかと思った。
だとすると、社会と笑いは密接に関係し、連動していくものなのだろう。社会は音を立てて変わっていくものではないけれど、このように目に見えてくるものもある。そう思うと、テレビも、舞台も、全く違う世界線ようで、実際は自分と地続きなのだな、と感じる。

最後に、好きなシソンヌの話をしようと思う。シソンヌのコントは、女性が登場するものが多い。けれども、女装が好きというより、女性を演じることが好きなのだろうと思っている。モノクロという衣装替え無し(全てのコント衣装が無地の白シャツと黒ズボン)のライブでは、女装はしないが、女性役のコントがある。私はとにかくシソンヌの演技が好きで、「(コントの中で)綺麗になりたい」というより、「いかに女性的な仕草を再現するか」に力が注がれているところが気に入っている。指の先まで意識が行き届いた演技、「うまい」の波動を常に受けながら見ることが多い。
女装については、いつも本当に服のセンスが素敵。背が高くて細身なので、スカートもよく似合っている。あとは、コンビの背丈が同じくらいなことも違和感がない理由なのだろうなと思う。

コント考というタイトルで始めたものの、そこまで考という訳ではないけれど。考察未満ということで。

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