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海から近い俺の家は、ドカンと打ち上げられた花火がくっきり大きく見える。ベッドに膝立ちになって窓から空を覗く恋人を、俺は後ろからがっちりホールドするみたいに抱きしめていた。
「そんなにキツくしなくても逃げないって」
揶揄い混じりに笑う唇に、強引半分合意半分でかぶりつく。
「信じらんねェ。前科あるからな、お前」
「本当に。もう、どこにも行かないの」
8月13日、俺の誕生日。5年前の今日、お前はどデカい花火の音に紛れてとつぜん俺の前から姿を消した。そこから2年と半年俺がどんな気持ちで生きていたと思ってる。いや違うな、死んでたんだ。お前が消えてから再び現れるまで、俺の時間は見事に止まってピクリとも動かなかった。他の女?そんなの、存在してたことすら知らなかった。
その時の記憶はいつも、この花火大会の日にはっきり呼び起こされてほんの少しだって離れていたくなくなる。完っ璧にトラウマになってる。お前はそんなに寂しかった?って笑うけどな、あァそうだよ、寂しかった。寂しくってたまんなかった。ずっとお前が足りなかった。ずっと世界に色が無かった。
ラストスパートに差し掛かったんだろう、とびきり級の花火が次々に闇を照らしていく。俺とおんなじ匂いのするタンクトップに鼻を埋め、いっそう腕に力を込めた。
「おいおい苦しいぞー。君ね、毎年心配しすぎ」
「当たり前だろ」
「も〜大丈夫なんだって。もしまた急にどっか行っても、絶対ここに帰って来るから。それは信じられるでしょ?前例もあるし」
花火の音が止むと、代わりにセミとカエルが一斉に歌い始める。
「……またとか、言うな」
聞こえるか聞こえないかの弱い声で俺は、いつも通り楽しく話す彼女の耳に言葉を溢した。

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