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ソープランド怪談 ~千夜一夜物語の思い出~

この話はフィクションです。実在の人物や団体などとは一切関係がありません。

とある風俗店の面接で、「そういえば霊感ってあります?」と世間話の体でさりげなく聞かれたときに「ハイ」と答えると、たとえ二十歳Fカップの誰もが振り返る美少女でも落とされる店があるらしい。

「ハイ」と答えた子はなぜか必ず初日で辞めてしまうからだそうだ。


ソープ街というのはルーツを辿れば旅籠、貸座敷、遊郭などを起源としている場合が多く、町の歴史自体がとても古い。そのうえ昨今の日本の法律だと建て替えが出来ないため築年数も相当古く、そう言った類いの話はおそらく日本中に掃いて捨てるほどある。


もちろん私の店にもある。


新人の頃に控え室で聞きかじった話だ。その日はお客さんが少なく、先輩達も話すことが尽きてしまい、出前でお腹もいっぱい、目ぼしいお菓子もなくなった。「そういえばさあ」と私を含め数人いた新人に聞かせる形で話が始まったように記憶している。


「赤いドレスのユーレイ見たことない?」


私の店には制服がある。コンセプトが「千夜一夜物語」なのでアラビア語圏の民族衣装を日本的に解釈し、実用性を考え特注で作られたベリーダンスの衣装のような感じ。くるぶしまで隠れるロングの巻きスカート、繊細で豪華な刺繍。鮮烈でエキゾチックな雰囲気のそれはこの店の特徴の一つでもあり、お客さまや女の子から人気が高い。ディズニー映画「アラジン」のジャスミンみたいな感じ、と言ったら一番伝わりやすいだろうか。

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上下セパレートにすればこのイラストが一番雰囲気近いかも

昭和のソープランド全盛期には、変わったコスチュームの店が多かった。ウェディングドレス、本物のミンクのコート、ハワイのムームー、極めつけは尼さんなど。その頃の名残を色濃く残しているから、私はこの制服が好きだ。だいたい十五色くらいはバリエーションがあるから、みな好きな色のドレスを選んで着る。


その女の子は赤のドレスを愛用していたらしい。売れっ子さんのうちの一人だったので、店の中で見かけるときはいつもドレス姿だったと先輩は言う。空き枠があれば店のガウンに着替えてくつろぐものだが、そんな時間もない人気の子はお店の中を常にドレス姿で移動することになる。


女の子が待機するメインの控え室には大きな座卓が三つつなげて置いてあり、座椅子が並べられている。テレビ、シンク、お手洗い、加湿器、本棚。さながら居心地のいい昭和の実家のような雰囲気で、もちろん大きな冷蔵庫もある。各々ドレッシング、豆乳、ゼロカロリーゼリーなどの軽食や、お客様からの差し入れ、ビールやシャンパンなどがパンパンに入っている。


その冷蔵庫を空けるときは皆だいたい待機中のガウン姿だが、売れっ子さんともなると鮮やかなドレス姿のまま控え室に入り冷蔵庫に直行することとなる、個室に小さな冷蔵庫が設置される前の話だからだ。
お客様を送り出してから次のお客様を迎えるためのインターバルはとても短く、日によっては10分もない場合がある。キビキビ部屋に入って冷蔵庫を開け、目当てのものを取り出したらロングスカートの裾をひるがえし部屋を出ていく。

例えるなら居心地の良い実家のお茶の間に突然ベリーダンスのダンサーが入ってくる様な感じなのだが、誰も気にも止めない。それはいつもの店のなんてことない光景の一つだから。


その女の子が、ある日トツゼン店を辞めた。


荷物はそのまま、お店とも音信不通、卒業なんて話を先輩達は一切聞いてなかった。なにかと噂になりやすい人気の子だったから、何かあったんじゃないか、あーでもないこーでもないと、店はしばらくその話で持ちきりとなった。


そしてちょうどその頃から、お店で赤いドレスの女の子を見掛けるようになったらしい。


個室から廊下に出ると、赤いスカートの裾が曲がり角でチラリと見えたので、挨拶しようと追いかけたら誰もいない。


最後のお客様を見送った24時頃、片付けのため一階から三階の部屋へ戻ろうとすると、螺旋階段の上の方を赤いドレスの女の子が歩いている。今日赤を着てた子って誰だっけ?◯◯ちゃんなら一緒に飲みに行きたいな~と考えながら三階に到着すると、誰もいない。


お客様が全員入れ替わる慌ただしい時間帯、使用済みの重たいタオルをダストシュートに入れようとしたら、部屋の中で丁寧にタオルを畳んでいる赤いドレスの女の子がチラリと視界にうつる。あれ?この部屋今日は青のドレスの○○ちゃんが使ってたよね‥‥と視線を移すと忽然と消えている。


控え室で一人テレビを見ながら「今日はこのまま私だけお客様付かないのかな~ヤバイな~」とウトウトしていたら、誰かが部屋に入ってきて冷蔵庫を開ける音がする。上体を起こし「ねえわたし今日お茶かも~」と話し掛けようとすると、控え室を出ていく赤いドレスの裾だけが見えた。


あとから皆で何度確認しても、その日に赤いドレスを着ていた女の子はいないのに、赤いドレスの女の子がお店の中を歩いている。準備をしている。片付けをしている。それもかなり忙しそうに……。

先輩の話は稲川淳二ばりに上手だったし、暇と元気を持て余した女の子達はきゃあきゃあ騒いだ。その日たまたま赤いドレスを着ていた女の子がタイミング良く控え室に入ってきた時はみんな爆発するみたいに笑った。先輩のお姉さん達のおかげで退屈は吹き飛び楽しい夜となった。

あれから月日が流れた。あの日あの控室であの話をしてくれた先輩たちも、一緒に聞いてた同期も、みんな店を辞めた。

私は少しだけ霊感がある、けれども店で何かを見たことは一度もない。そういう話を聞いたこともない。仲のいい女の子がほぼいないのもあるけど。

あれはもしかしたら先輩たちの暇潰しの作り話だったのかもしれないと、今になって思う。詳細は書けないが、事実として後から常連さんに聞かされた話と食い違う部分があるからだ。

極彩色のカラフルなドレスが、入れ替えの時間ともなると廊下で色とりどりに交差する。昭和から時間が止まったままの、高度経済成長からバブル期の日本の好景気を存分に感じられる景気の良い豪奢な店内に、あの派手なドレスはよく映える。繁忙期の遅番帯ともなるとお部屋がどうしても押すので、駆け足の女の子たちのドレスの裾はヒラヒラ舞い、金や銀の刺繍がきらめく。


あの空間があの光景が私は好きだ。だから同じように思う女の子は過去にもいただろうし、店を卒業してから、ついウッカリ生き霊を飛ばしてしまうほどの強い気持ちで仕事をしてきた女の子は沢山いたと思う。この話が丸っきり嘘だったとしても、「そんな女の子はまず存在しないし、有名な作り話だよ」と言われても、それでもなんとなく信じてしまうほどの何かが、あの店あの空間にはあるのだ。

一度来てみれば分かると思う。

赤いドレスは店にもうわずかしか残っておらず、着ている女の子は少ない。たまに見かけると、あの日みんなでお腹をかかえて笑いあった控え室の光景を思い出したりする。




100円でもヤル気に直結するので本当に感謝でしかないです。新宿ゴールデン街でお店番してたりします、詳しくはTwitterから。